ものづくり技術手帳

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第八章  ものづくり開発事例

8.1 蜂の巣を工場で作る     8.2 畑違いの用途    8.3 アルミハニカム   8.4 再び塩ビハニカム  
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア    8.7 再びアルミハニカム   8.8 フィルター   
8.9 サンドイッチ構造  8.10 我が立つところ深く掘らば・・・   コーヒータイム(9)上杉鷹山    
執筆後記(第八章)

8.10 我が立つところ深く掘らば必ず清泉わき出さん

(1) 何を研究する?

ハニカムコア ハニカム(右の図)を人に見せて「これの研究開発をしている」というと、こんな単純なものの何を研究するのかといぶかられたものである。たしかに見かけは単純極まりないものであり、こういう疑問をもたれても無理はない。しかしこれまで述べてきたように、研究しようと思えばテーマはつきないのである。そしてあまりにも、手を出しすぎたのではと反省しないでもない。どれも中途半端な気がするのである。

(2) 特許よりノウハウ?

 設立当初、資金のすべてを投入し米国ダグラス社より導入したペーパーハニカムの設備は、一時クーリングタワー用に主役を果たしただけで、その後は脇役を続け、そして消えていった。特許製法ではあったが、それが威力を発揮したとは言い難い。ただハニカムの基礎知識を得るためだけに機能したのみである。国産技術のロールコアがペーパーハニカムとして日本では主力となった。これも特許製品であり国内ではハニカムの一翼を占めていたが、低級品との競合があり、優位にはあったが決して独占という状況ではない。市場規模がそれほど大きくない所になぜかライバルが参入してくる。クーリングタワーの用途がきっかけとなり、塩ビハニカムの開発に繋がったが、その製法特許とともにこれは旧日本ハニコームボードの主力商品で在り続けた。そしてロールの基本特許が切れても、まねる企業はいない。市場の狭いところでまねてもメリットはないということもあるが、まねられないノウハウがあったと思われる。

(3) 大きな用途?

 しかしペーパーハニカムは本来の用途を拡大すべきであり、その努力も続けてはきた。
しかしそういう商品はハニカムの二次加工であり、川下に降りていくことである。それを行えばどうしてもユーザーと競合することになるのであり、かといって競合しないニッチな市場を探すというのもまた難しい。またサンドイッチパネルの製作には非常に大きな投資が必要であり、それが当社で実行されることはなかった。このパネル開発は決して成功したとは言い難い。ペーパーハニカムのマーケットは大きくはないが、大きくなるはずのサンドイッチパネルの話は尽く消えていった。その最たるものが昭和51〜55年に行われた「ハウス55」である。旧通産省による国家プロジェクトであり、安価な住宅を大量生産する、その構造体の一つが表面材を鋼板とし中芯を90mm厚のペーパーハニカムとするサンドイッチ構造である。最高級のハニカムを使用するものであり、全国にそのハニカムの工場を建設することになるという壮大な話であるが、数年の研究の後、一軒の住宅を試作しただけで、はかない夢に終わった。安価とはいえ同じような規格住宅を全国にばらまくという発想自体が無理であったと思われる。一流企業が資金を投入し多くの優秀な技術者を担当させても、成功するとは限らない。ハード面の開発が完成しても、最初のコンセプト、商品としてのあり方が的を得ていなければすべてが水泡に帰してしまう。

(4) 従来品の置き換え

 サンドイッチ構造は名前の通り構造材である。しかし構造材というのは種々のものが従来から存在するのであり、どうしてもそれらとの競合になる。本来航空機用に開発されたものであり、日本でその用途は微々たるものである。軽いと言うだけのサンドイッチパネルの開発はそれなりに工夫が必要であり、新たな特徴がなければ商品としての魅力がない。どんなに工夫したところで従来品の置き換えに過ぎないのである。さらにサンドイッチ構造にするという工程自体がコストアップの要因となり、軽いという性能そのものがさほど必要とされないという環境でもある。もし置き換えでない用途を見つけるとするなら、サンドイッチパネルの開発以前にそういう商品を開発しなければならなくなる。それはとてつもないエネルギーを必要とすることである。サンドイッチ構造を構成する材料は、表面材、中芯材(ハニカム)、接着剤が主要な三要素である。このうちハニカム以外は既成の材料である。従来にない新しい材料とするなら表面材も接着剤も新規に開発しなければ、特徴のあるものが開発できない。唯一それを実現したのが、前述した「サンジェルG」である。構成する材料はすべてFRPであり、表面材と中芯材が同時に一体成形される新しい製法である。大きく育つ筈であったが、その成長過程で私は同社を辞することになった。

(5) 妖しい開発

大きな話以外に頭をかしげるような開発もある。
 その1:ある鉄鋼メーカーが鉄箔を開発したのでそれでハニカムを作ろうというのである。厚さ50μmであるから、鉄とはいえ簡単に手で引き裂くことができる。「紙と違い鉄は燃えないから建材に向いている、紙のハニカムの使用量を鉄に置き換えれば使用量は...」などと彼らはとんでもない発想をする。そんなもの意味がないと思っても、親会社が中に入って圧力をかけられると、渋々でもつきあわざるを得なくなる。鉄は錆びるからと、その箔を800℃ほどの熱をかけてブルーイングという処理を行う。箔は青く変色しさび止めになる。ハニカムの成形の前にこの処理を行うだけで、後の工程はダグラスの製法と全く同じである。だがさすが大会社というべきか、それを出願して特許を取得してしまった。アルミハニカムの成型機(といっても前述したようにこれはダグラス式をアルミ用に改造したもので折畳方式である)に鉄箔を流すのだから、あらゆる面で支障を来し大迷惑である。全体的な生産工程を鉄箔を前提に考えても生産能率が上がらず、商品化は最初から「ノー」となるのだが、案の定これは試作だけでこのハニカムが製品として売れることはなかった。開発資金は提供してもらったが、トータル的に間尺の合わないものであった。
 その2:ある商社が銅箔でハニカムを作れないかといってきた。日本とフランスが共同で「日仏友好のモニュメント」を作るのでそれのサンドイッチ構造に使用するというのである。そのモニュメントは下図に示すように長さ210mで両端支持のみの前代未聞の構造である。長橋なら通常は高い塔をたてワイヤロープでつるというのが常識であろう。だがこの構造は210mの中間には何の支持もないのである。だからその内部にワイヤーをはわせる複雑な構造であり、サンドイッチパネルはその外壁である。ゼネコンも設計事務所も一流であり、計画はかなり進んでいるようであった。しかし銅のハニカムなど世界的にも存在しない。なのに図面には確かに銅ハニカムと明記してある。だがそれ以外にハニカムの詳細仕様がまったく示されていない。存在しないから書きようがないのかも知れない。それがなぜ仕様に織り込まれるのか、これはマユツバではないか。なぜ銅なのかというと錆びないから耐久性を考えてのことだという。耐久性はあったとしても、銅は強度が弱い、さらにパネルに製作するための接着剤の問題もある。技術的に全く未知のものが仕様に織り込まれていることに驚いた。どうもうさんくさい話だと感じながらも、銅のハニカムは初めてなので、300mm角ほどのサンプルを手作りで試作してみた。銅色に輝くハニカムはアルミとは違う重々しさがありきれいであった。商社にそれを見せて、しかし「モニュメントこれ以上は先に進めないし、オーダーを受ける段階になってできませんでは困るでしょうね」「それは困ります」などとのんきな話をしていた。その数週間後、1995年(平成7年)1月15日の日経新聞10面に右のような図とともに全面広告が載ったのである。兵庫県広報として淡路島(明石海峡大橋のそば)に「日仏友好のモニュメント」を着工したというものである。「ガセネタじゃなかった、本気だったんだ、どうしよう」と今後の対応の仕方に悩んだ。そしてこの二日後のこと、あの誰もが驚愕した阪神淡路大震災が起きたのである。まさに建設を計画していたその場所が震源地だった。もうモニュメントどころの話ではない。当然のこと、この話は露と消えたのである。「そんなのやめろという天のからの警告であったのかも?」「そんな馬鹿な」。とにかく話が消えてよかったと胸をなで下ろしたのであった。

(5) ニーズとシーズ 

 開発テーマを決めかねる場合、ユーザーのニーズに乗っかるのも一つの方法である。しかしニーズに基づいて行った開発はどうしても特定のユーザーと結びついてしまう。その場合営業はそれほど難しくはないけれど、それが大きく発展するかという点では相手次第ということになる。経営的にそれに頼るような商品構成になると相手がコケルと、共倒れになる危険もある。もっと広い目で市場を眺めて開発をと試みたのが当社では唯一、汚水処理装置である。つまりメーカーサイドのシーズであるといえばかっこいいが、実際はただその部品を作っているという単純な理由であり、必然的成り行きでもある。しかしそこにも方式は違っても汚水処理装置という意味では競争相手は多い業界である。そして不特定多数の企業を相手に営業展開をすることになり、それだけ相当な営業努力が要求される。営業の努力次第であっても製品力が強ければ発展する可能性は大きくなる。

(6) ぴりりと辛い

  当社が発足した頃、ほぼ同時に出発したかなりの会社がどんどん業績を伸ばし大きくなっていき、一部上場を果たしたりする。当社のユーザーでさえどんどん大きくなる。なぜ我が社は何時までも足踏みし大きくならないのか。画期的な商品を開発しないからと反省もする。しかし大きくなるだけが能ではない。大きくなりすぎて問題を起こすよりは、小さくてもいい、「ピリリと辛い」そんな会社でいいではないか。負け惜しみではないけれどそんな風に思って自分を慰めるしかない。それでもやはり「どうしてかなー」とつい考えてしまう。

(7) 我が立つところ

 人がどういう会社に就職するかは多少とも運命的な所がある。自分が学んだことを生かせることが出来れば、自分にも会社にも有利な筈である。しかしそういうケースは極めてまれなことである。就職してすぐ転職する人もあり、それを繰り返したりもする。目的をもって転職をするならまだしも、気まぐれで逃避的な転職では何も生み出さない。たとえば電気工学を学んだのに化学会社に就職してしまった場合でも迷うことなく、新たな化学の勉強だと思って真剣に対処すれば必ず活路は見いだせる。学校で学んだことより仕事で学ぶことの方がはるかに多いからである。学校で学ぶことはほんの基礎的事柄と認識すれば、科目の違いなど問題ではない。要するに学ぶ気があるかないかである。実際社会に出て、自分が学んだ専門科目だけに止まっていることなで出来ないのである。
「我が立つところ深く掘らば必ず清泉わき出さん」ということばがある。いつ何処で聞いたか定かでないがこれはずっと私の座右の銘となっている。どんな仕事をしようと、どんな大会社に勤めようと、それらの仕事は人生という観点からすれば、そのほんの一部しか作っていない。ビール会社はビールだけ、鉄の会社、紙の会社、みんな生活の中の一部品しか作っていない。それでいい、どんな仕事でも、すべての人がそれで生きているのであり、一人の仕事はしょせん、社会という機械の一つの歯車である。そこを突き詰めていけば必ず花が咲くであろう。そう信じて仕事を続けて行きたいものである。

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