第二章 第八章 目次
8.1 蜂の巣を工場で作る 8.2 畑違いの用途 8.3 アルミハニカム 8.4 再び塩ビハニカム
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア 8.7再びアルミハニカム 8.8フィルター 8.9 サンドイッチ構造 8.10 我が立つところ深く掘らば・・・ コーヒータイム(9)上杉鷹山 執筆後記(第八章)
クーリングタワーの用途がなくなりかけた頃、ハニカムの新しい用途が新聞に発表された。「水の博士」として知られている小島貞男氏が多摩川浄水場で行った研究であった。これは活性汚泥法の改良型であり、後に「接触ばっき気法」と名付けられた。水道用原水を微生物で処理するのに、アルミハニカムを利用して効果を上げたというのである。だがアルミでは高価過ぎて実用にはならない。早速当社の営業マンは塩ビハニカムを持ち込んだ。それから徐々に一般の企業が排水処理の充填材として使用し始めた。最初は人力で展張出来る程度の大きさのハニカムであったが、次第にもっと大きいサイズが要求されるようになる。しかし大きいといってもハニカム自体は人力で扱うので、その範囲でしかない。それが 図8.44 のようなサイズである。高さを 1 m とするには 巻取りドラムの 1 辺は 1 m となる。問題はこの場合もやはり展張である。セルが大きいから温水に浸せきして引き上げる。引き延ばすのに人力では無理だから、動力を使う。これらを機械化するだけのことであり、セルサイズが大きいと技術的困難はあまりない。方法は 1 m より少し長い鉄棒をハニカムブロックの両端に5本ずつ差し込み、飛び出した部分にフックをかけて動力で引き離す。このままでは温水に浸せき出来ないので、両端に5本の鉄棒を固定したコの字型の枠に入れ替えて展張機から切り離す。これを型枠のままリフトで温水に浸せきし、引き上げ枠を外す。これで展張作業は終わりである。多少手間がかかるだけで方法としては完全である。
「接触ばっき法」の原理は図8.45に示すようにハニカムの中に汚水を循環させる装置である。中央に置いた散気装置から空気がでると汚水が上昇する。それはハニカム内を通過して下に降り、散気装置により再度上昇するという循環を繰り返す。これによりハニカムの壁面に微生物が付着しそれが汚水を浄化するのである。これは汚れた河川の水
(BOD※1 10 ppm 程度やアンモニア) を原水とするものであり、低濃度処理用として開発されたものである。この方式をこのような低濃度処理として使う分には何ら問題がない。だが一般のユーザーは下水処理や工場排水などの高濃度排水の処理に使い始めた。これに改良を加えることなく、形だけをまねしたから当然問題が発生する。ハニカムのセルが汚泥※2 でつまる、つまり閉塞するのである。そして装置メーカーは設計の問題をハニカムが原因という問題に置き換えてしまったのである。
※1 BOD とは「生物化学的酸素要求量」 であり、水の汚れの程度を知る一つの指標である。
※2 汚泥とは、沼や川の石に付着しているヌルヌルの正体である。
ハニカムの閉塞が常識のようになってきた。それをユーザーはハニカムのせいにし、ハニカムに改良を求める。セルサイズをもっと大きくしろ、セルの壁面に穴を明けろ、壁面をざらざらにしろ、ハニカムの高さを2〜4 m にしろ 等等である。それで閉塞が解決するという保証は何もなく、これらはすべて想像だけの思い込みである。自らの不勉強を棚に上げて、トラブルはすべてハニカムに被せたのである。セルサイズを変更することは難しくないので、 13 mmを 20、30、50 と大きくした。だがセルを大きくすることはハニカムの処理効率を落とし、単位体積当たりの表面積が大きいという最大の特徴を消してしまうことである。さらに汚水処理装置としては活性汚泥法、回転円板法、散水濾床法などがあり、また充填材単体も閉塞しないというふれ込みで多くのタイプが現れ始めた。すでに当社の社長になっていたK氏はこのような状態に業を煮やし、もうユーザーのいうことを聞いていられない、「我が社で装置そのものを作れ」といいだした。これに驚いた営業は「ユーザーが離れていく」という理由で猛反対である。この情報が流れて実際に離れた大口のユーザーがいた。それでも方針の変更はない。しかしながら一口に装置といってもあまりにも漠然としている。とりあえずは基礎研究から始めなければならない。そしてたとえ装置が出来たとして、誰がそれを販売するのか、装置開発に反対している営業部員に売らせることは不可能に近い。
これまでハニカムを作ることにのみ勢力を注いできたので、装置に関しては全くゼロからの出発となる。
BODとは一体何のことか。活性汚泥法とはどんな方式か。従来のハニカムの用途とは全く関係がない。
それで前述の小島博士が開発した「接触ばっき法」の小さな実験装置から始めることにする。人的余裕はないので大卒を一人採用して実験を担当させた。最初の実験は、1リットルのビーカーにハニカムを入れ下水の水を汲んできて小さなエアーポンプでブクブクとばっきさせたものである。だが彼は一年後に退職してしまう。それで翌年また一人採用、それも一年で辞められた。多分会社の業態からすれば全く畑違いの研究であり、将来「ものになる研究」とはとうてい思えないため嫌気がさしたのであろう。これに困惑した私は多少経験のある者を二人同時にスカウトした。実験水槽が20
Lと大きくなり、さらに200L、そして台数も増えてくると実験のための汚水を作るのに苦労するようになった。粉ミルクや生魚を砕いていたのでは追いつかない。汚水を出している工場を探し、そこに実験装置を置かしてもらい、管理のためにそこに日参するという研究の日々が続く。
汚水を求めて動き回っている中で、ある給食センターの排水が問題になっていた。実験装置では能力不足である。かといって汚水処理装置として商品にするには小さすぎる物件である。しかしテストプラント的に考えるなら手頃な規模か。これは一応商売として取り組んでみよう。だが小さいとはいえ土木工事は避けられない。その他もろもろの初体験のことがたくさんある。技術開発部が営業行為をしていいのか。売り上げ金額をどう処理するのだ。設計から見積もりなど想定されることを準備万端整えて、技術開発部が行う営業行為の可否を上司※1 に伺いを立てた。しかし彼は図面の書き方がおかしいと、どうでもいいことを指摘しただけで、営業行為の可否については何もいわない。やはり判断ができないのだ。もう自分の決断でやるしかない。技術開発部が販売を行うのだ。装置の開発に反対している営業にまかせるわけにはいかない。開発が営業する?
これが技術開発部水処理課が将来の事業部になる種をまいたことになるのであった。
※1 合併後、親会社から来た機械系技術者が役員になりまた上司となっていた。
技術開発部に水処理装置の営業担当をおいた。そして自信をもって数カ所の物件を受注した。だが実験と実際は異なる。先ほどの物件も含め、それらすべてはハニカムの閉塞を起こした。クレーム処理は部員全員で対処することになる。水槽の水を抜きハニカムの上から一つ一つのセルに放水洗浄する。また閉塞したハニカムを新しいハニカムに入れ替えることもある。汚泥にまみれ、悪臭に悩まされ、くたくたに疲れ、三K※1の最たるものを体験する。こんな経験を何回もすることで大抵のことには驚かなくなった。閉塞の最大の原因はBOD負荷量が大きすぎるからである。それでもハニカムのセル内を汚水がある速度で通過すれば閉塞は起こらない。そして、閉塞が起こらなければ所定の処理効率が得られるのだ。図8.45
の「接触ばっき法」において汚水の流れが矢印で示されているが、これはこのように流れてくれればという希望的観測を図示したものである。実際はこういう均一な流れは起きない。ばっき槽の中央を上昇する面積とハニカムを通過して下降する面積比が極端に違うから必ず偏流が起こる。実際に近い流れは
図8.46 である。しかもハニカムのセルを通過するには抵抗がある。もちろん水槽の形状や大きさ、ばっき強度によって変わるが、ハニカム上面の水深が大きいとそこで図のように渦を巻くことが多くなる。つまり中央においた散気管でハニカム全体を汚水が均一に流れるというのは幻想に過ぎない。それは実装置における閉塞したハニカムを取り出してみれば分かる。流速が小さいとセルのそれぞれが沈殿槽になってしまう。またセルが小さいと処理効率は良いが流速抵抗も大きくなり、流れが遅くなるのですぐに閉塞する。セルが大きくなれば効率は落ちるが閉塞は起きずらくなる。これらの関係をどのように組み合わせて設計するかが、この方式のポイントになる。閉塞するからこの方式はダメというのでは短絡しすぎである。
ある町の水産加工団地(以後Y団地とする)に総合廃水処理場があった。この水産加工団地は一次処理※2のみ行っており、二次処理装置の設置(排水量
1000 m3 /日)を計画していた。当部はここに実験用原水の入手のため実験装置を設置し(S52年秋)、その管理のために1年間毎日のように通い、データをとった。
他のプラントメーカーも実験装置を持ち込み実験を始めた。それぞれがここの二次処理装置の受注を目論んでおり、当然激しい競争になる。当社は実験データとともにそれに基づいた装置全体の設計書を作り同団地に提出した。今までの経験を踏まえ、総力を費やして書き上げた全体のフローシートが図8.47である。
Y団地では当社の設計書による見積もりを各プラントメーカーに依頼し施工はB社に決定した。当社はハニカムの納入とともにその維持管理を任されることになった。
しかしながらこの計画書の負荷設計値(1.25 kg BOD/m3・日)自体が従来の倍以上である。最初はこんな大きな数値ではなかったのである。当初原水濃度は500
ppm の筈であった。工事も半分進んだ頃、Y団地の責任者がいう「原水濃度を750 ppm に変更して欲しい」。今になってそれはないよ、処理水質の保証もしているのに、難色を示す私に彼はいう。
「原水量が1000トンといっても現在は300トン程度だし将来とも増える見込みはない」。確かにそうだ、団地に入ってくる企業もなさそうだし、「まーいいか」。しかし負荷量の増加はこんなものではなかった。工事が完了した時点で、原水量は増え一次処理水は安定せず、計画の数値をはるかに超え、それは
計画値の1.6倍にもなった。最初に提出した計画書から見れば実に2.4倍である。
上乗せした保証値がさらに高くなりハニカムの処理能力の限界などという、なまやさしい状況ではなくなっ
たのである。約束が違うといっても始まらない。当然にトラブルが続出する。処理場の周辺は悪臭が漂い、住民から「公害装置反対」の看板が立てられる。「町有の装置が看板を立てて反対されるのはいかがなものか」などと町長はいうが、それは町自身にも大きな責任のあることである。そしてこの常識はずれの高負荷を背負わされた装置に対して、それを最大限に働かせるための苦闘が始まるのである。当然、共犯者として、町にも協力を要請した。しかしなぜかどんなに負荷量が増えても処理水質は設計値をクリアーできたのである。本当は「なぜか」ではなく当然なのである。こういうこともあろうかと、ばっ気槽を3段にしたことが功を奏したのである。1段目は超高負荷、2段目は高負荷、3段目は通常の負荷だからクリアーできても不思議ではない。またばっ気槽を2系列としたことも有効に働いている。1系列を保守作業でストップしてもその分の原水は流量調整槽に貯留でき、半分はもう一方で処理できるから汚水の垂れ流しは防ぐことができる。しかし処理水質を維持できるのはこれらに加えて日常的な保守を欠かさないからである。第一槽目はすぐに閉塞するから半月に一度という頻度でハニカムの洗浄を行う。通常ならしなくてもよいはずの洗浄、せいぜいあっても数年に一回程度の洗浄で十分であり、これも常識はずれの保守である。これを放置すると悪臭がひどくなり、泡が発生して建物を天井まで埋め尽くすというSF小説まがいのことが現実に起こるのである。この装置は日常のケアを怠るとすぐに具合が悪くなる重病人のようであった。だがこれは別の表現をすればまさに格好の実験装置でもある。理由はどうあれ処理水のBOD濃度が60
ppmを超えてはいけない。命を落とせない人体実験に等しく、めったに得られない巨大な実験装置となったのである。

Y団地の一次廃水処理場に実験装置を設置した時のことである。この排水はハニカムに付着した汚泥は正常な状態でも真っ黒になる性質がある。通常の汚泥は褐色であり、黒くなるのは酸素が不足したときである。ある日、散気装置が取付け不良のため位置がずれて、ハニカムの下になっていた。そしてハニカムのセル内を気泡が上昇しており、そのセルの壁面のみが褐色になっているのであった。いつも黒い色をしているのにここだけがなぜ褐色なのか。散気管が正常の位置にあっても、散気管から上昇する気泡が接触する部分は相当に酸素濃度が高いはずである。しかしそこが褐色になることは決してない。ハニカムの下に散気管があってもハニカムのセル内には極端な酸素濃度にはならない筈である。それなのにどうして、そこだけ褐色になるのか、理由が分からない。しかし事実は事実である。常時黒いのが褐色になる、これはもしかしたらすごい発見かも知れない。早速これを再現する装置を作って実験を行った。
ハニカムの下に散気管を配置しそれを往復移動させたら、処理効率はいわゆる従来の「接触ばっき法」の約3倍になった。処理装置の競争力というのは、小さな容積でどれだけ多くのBOD成分を処理し、きれいにできるかということである。水槽の大きさが全体の価格を左右するからである。処理効率が3倍ということは、水槽の大きさが
1/3 で良いということである。
この新しい方式を散気管の往復ではなくそれを回転させる方式で小型の実装置を受注した(S55年冬)。それは好結果をもたらしこの方式の有効性を確認した。実験ではなく小さいとはいえ実装置での確信である。しかし散気管を回転させるのは小型なら可能であるが、大きくなると設計が難しく、汎用的とは思えない。別の手段として考えたのが、散気管をハニカムの下に全面に敷き詰め、部分的に散気する方式である。散気管を動かすのでなく、逆に散気する位置を変えていくのである。パイプの下面に
3〜5 mm φ の穴をピッチ 50〜200 mm で明けたものであり、微細気泡を出す多孔質散気管とは違い当社独自のものである。図8.48 にその例を示す。散気管を
A、B、C に分割し、最初に A だけをばっ気すると、水の流れは矢印のようになる。一定時間後、Bだけをばっ気する。Bの部分の水は上昇し、他は下降する。これをA、B、C、A、B、C
と繰り返す。これは常に逆洗をしているのと同じことで、ハニカムの閉塞は決して起こらない。そして効率も決して落ちることはない。散気管の目詰まりはしない、メンテナンスフリーで半永久的に使用できるということで、この方式でも実装置を受注したのである。しかし散気管の中に汚泥が入り込み、詰まる筈のない大きな散気孔が塞がったのである。このためばっ気槽の水を抜いて散気管の清掃をする羽目になった。こういうことは何があっても生じてはいけないことである。せっかく見つけた高能率の処理法であるが、散気管については目詰まりを故意に起こしているような方法である。ここを突破しなければ、一歩も先に進めない。
問題を起こした構造は図8.49 @ のようになっている。散気管の先端は塞いである。散気管が平行のままで先端を解放すれば、ここからエアーが吹き出すので塞ぐのは当然である。散気孔が目詰まりしたときに、ここを解放して清掃することになる。当然水槽の水を抜かなければならない。これが常識的な構造であるが、ここが最初から解放されていれば、水槽の水を抜かなくても、外部から清掃可能である。それで工夫したのがAの構造である。散気管の先端にエルボをつけ下に向けただけである。解放されたままであるが、散気管に空気を送ってもここから空気が出ることは決してない。必ず散気孔から出るのである。空気を止めると水は散気管内をとおり、垂直に立ち上げた管内を水面まで上昇する。この状態で管内に空気を送ると水は散気孔からではなく、今度は先端のエルボ部分から勢いよく押し出される。このとき管内に流入した汚泥は水と一緒に排出される。一日何回となくこれが繰り返されるので散気管は文字通り半永久的に閉塞することはない。一見、何のことはないようなことであるが、この効果は絶大である。早速特許出願すべく弁理士に話したのだがなんと、「これはおかしい、エルボの先端から空気がでて散気孔からはでないだろう」という。このことは後にある大学教授からも「こんなことにはならない」
と罵倒されたほど不思議に思われる現象らしい。常識的にはエルボが下向きでもそこが解放してあれば空気がでてしまうと考えるであろう。散気孔よりはるかに大きい出口だから、そこから抜けるとするのが一般的なのだろう。管が筒抜けなら空気が漏れるし水も出る。しかしこれは盲点である。エルボの長さは下向きにわずか
5 cm 程度であるが、このわずかな水圧の差が壁になり、空気を止めるのである。実験で確かめ、実装置で実際に運転して効果を上げており、疑問を挟む余地はない。人間の常識的感覚はいかにいい加減かということである。これをもとにした処理法は「分割ばっ気法」という新しい処理法として確立し、「ADシステム」と名付けて積極的営業展開を始めることにする。その実際の散気管の例を図8.50
に示す。
ハニカムを充填材とした汚水処理装置の営業は困難を極めた。ある工場では自らがどれだけ汚水を流しているのか、汚水濃度がどれだけかも知らない。そんなところに売り込むには、まず水量の調査から始め、水の分析をし、実験装置を持ち込み半年から1年近く測定する。それから設計図を書き見積もりをする。それでも成約の可能性は不明であり、その確率は20%以下である。また廃水処理装置を設置すれば、低利の融資が受けられる制度がある。しかしある自治体はハニカムを認めないからそういう書類は受け付けない。それならその自治体の担当者を説得しなければということになる。さらに当社の親会社では製紙排水は必ず出るのであり、汚水処理装置はつきものである。そこでも子会社である当社の装置を敬遠する。他は押して知るべし。ある大学の研究室はハニカムを閉塞する充填材と決めつけて他の充填材を研究している。ハニカムは閉塞するという悪い評判は蔓延し、企業も自治体も大学もそれに染まってしまった。政官業の癒着ではないけれど、まさに官業学による総スカンなのである。そんな四面楚歌のなかで、ねばり強い営業を懲りずに続け、少しずつ実績を上げてきた。
Y加工団地の処理装置は相変わらず、目の離せない管理が必要であった。運転開始から約2年が経過、綱渡りの運転を何時までも続けるわけにいかない。それで新しく開発した「分割ばっ気法」に改良することを勧め、それは実現することになった。最初の装置から維持管理を任された当社は、すでに工事を施工したB社とは全く関係がなくなっていた。だから今回の改良工事も当社だけの責任施工である。水槽などの変更はないけれど、散気管を全面に敷き詰め、ハニカムの入れ替え、制御のための電気工事などが主な工事である。変更後の運転は極めて順調であり、管理も容易となって処理水濃度も安定した。本来なら同じ規模の処理装置がもう一基必要になるところを、わずかな改良で済んだのである。負荷が大きく設定できるということはそれだけの効果が発揮できるのだ。「公害装置反対」の看板も取り外され、悪臭の発生源であった重病人はすっかり健康体になった。この装置に近寄れば、かえってさわやかな臭いがする程に優秀な装置に変わったのである。
技術開発部に所属する水処理課の売上げが多くなる。このままではいけないということで、平成元年に水処理事業部を新設することになった。技術開発部から独立し人員はそのままの移行、営業で塩ビハニカムのみを販売していた部員も吸収し、札幌と埼玉に分かれ、埼玉に転任していた私が責任者となった。
暮れも押迫った頃(平成元年)、優秀公害防止装置選定の応募用紙が郵送されてきた。締め切りまで一週間もなかったので、これでは間に合わないとゴミ箱に捨てたが、しばらく考えて拾い上げた。締め切りが過ぎても受け付けるかどうかを問い合わせると来月の十日頃までならよいという。だがこの応募には条件があった。特許が確定していること、納入実績があること、自治体に納入した物件の証明書を添付すること、等である。Y町からの証明書が得られるかどうか、札幌の部下に聞くと「くれないわけないよ、推薦状さえ書いてくれるかも」という。たしかに聞くまでもないことであった。そして正月の休みを返上して、書類を書き上げ提出した。そのことをすっかり忘れていた5月頃、第17回(平成2年度)優秀公害防止装置として「工業技術院賞」受賞の知らせが入ったのである。
(工業技術院:現 産業技術綜合研究所)
そしてこの年(平成2年4月)、沖縄北谷(チャタン)浄水場にこの分割ばっ気方式(ADシステム)が採用され浄水の供用が開始された。この工事の内、ハニカムとその充填作業や配管を含めたばっ気槽の内部工事などを当社が受注した。一物件でほぼ年間の販売量に匹敵するハニカムの量だから現地での展張作業となったが、この受注は数年におよぶ営業の成果であった。この浄水場は新方式の分割ばっ気方式(ADシステム)による日本でも最大規模の装置である。「装置を作れ」といわれ、知識ゼロで小さなビーカーによる実験を始めてから
15 年が経過していた。
北谷浄水場のような大型物件は最初で最後かも知れないということで、PR 用に工事状況をビデオに記録することにした。札幌のビデオ製作会社に撮影を依頼したが、編集してみると2分程度で終わってしまう。
これでは短かすぎる、せっかくだからこの際、「ADシステム」のPRビデオに変更したいというので、営業担当に任せてみた。彼はすでに納入した汚水処理装置についてもビデオ撮影を追加し、その他の資料をビデオ会社に渡し、製作を丸投げしてしまった。ビデオのプロが作ってくれるのだから、任せたほうが安心というのである。しかしできあがったビデオに部員すべてががっかりした。とてもPR用として持ち歩けるようなものではない。どうしてこんなことになるのか、つまり製作の意図とか、どういう内容にして欲しいとか、依頼する側の姿勢を全く知らせていないからであった。
これではだめだ、私が原稿を作ろう。ちゃんとした素材が揃っているからもっとましなものになるはずだ。
基本的なこととして、一体誰に見せるのか。会社の社長か、汚水処理を多少とも知っている技術者か、それとも全くの素人か、それによって内容が大きく変わるはずである。ところがどんな人にも見せるから、素人にも技術者にも参考になるものが欲しいという。虫のいい注文だが、それだと30分位の長さになるかも知れない。
だがPRビデオの時間は15分が限度、そんな長いものは見てくれないという。あれもこれも納めて15分、とにかくやってみょう。ビデオカセットの山をそばに置いて、徹夜で編集してみた。編集といっても、ストップウオッチを使いながらカットするタイムコードを記録するだけである。さすがプロが撮ったビデオだから、映像はきれいで豊富にある。
文章も書き、ビデオのタイムコードをビデオ製作会社に送った。この会社の担当者は 30 才前後の女性である。すぐに返事が来た。「普通こういう所でカットしない」「ここに、この文章は唐突ではないか」等等、遠慮なしにクレームをつけてきた。生意気なと思いながら、自分で書いたものを自分で添削し、先方の意見も入れての、そんなやりとりが何回も何回も続いた。そして文章が完成し、ビデオのカットも決まったとき、編集のために札幌へ向かった。
前日は夕方に到着したのでプロによるナレーションの吹き込みに立ち会うだけで終わり、今日は朝 8時から編集を始める。長いカウンターを挟んで壁側に数台のモニターが並び、オペレーターが二人、こちら側には私と彼女が対峙した。そしてわずか5秒程度のタイトル画面の編集に1時間もかかった。もっとピッチを上げないととても今日中には終わらない。薄暗い編集室でかんづめになり製作が完了したのは夜の12時であった。皆が帰ろうとしたとき、「もう一回見よう」と彼女が言い出した。もう飽きるほど見てうんざりしているはずなのに。そして全員で完成したビデオを15分きっかりで見終わったとき、「いいですね、わたし今夜は興奮して眠れないかも知れない」という。なぜなら彼女がこんな風にしてビデオを作ったのは始めてとのことだという。顧客と侃々諤々(かんかんがくがく)やりながら作ったのは例がない、それが結果的に満足なものに仕上がったということである。たしかに最初に作ったビデオと比較すれば、雲泥の差があった。
ビデオを配布してすぐのころは静かであった。だが日数が立つにつれ、「あのビデオはいい」との声が聞かれるようになる。何回見ても飽きないビデオである。ビデオの製作は初体験であり、これが最初で最後であろう。私自身飽きずに見ることができる。他社のPRビデオはおよそ一回見れば、二度と見る気がしない。自分でも良くできたと思うが、それは編集の成果だけでなく、このハニカムを使用した汚水処理法に内在する技術力も大きく作用しているであろう。つまり扱う素材がいいのである。しかし素材が良くても丸投げしては「だめだ、こりゃ」となるのである。
会社案内や、カタログ、そしてPRビデオなどの製作をすべて外注する場合が多いであろう。当社も数少ないが外注したカタログ類がある。何となく物足りない気がするのである。当社のカタログや会社案内などの原稿や写真の多くは、なぜか私が準備した。当社の技術開発部の壁一面に各社のカタログや会社案内が分類整理して収まっている。他社の会社案内を数多く見ていると、外注したか、社内で構想を練ったものか何となくわかるような気がするのである。会社の業種と何の関係もない風景画で表紙を飾っているようなカタログや会社案内は外注と思いたくなる。それが悪いというのではなく外注するにしても、丸投げは避けるべきであろう。