ここは本書の執筆後記を集めたページです。通常の書籍(特に翻訳本)では、最後の部分に編集後記と掲載されるのが普通ですが、本書では編集ではなく執筆です。各章が独立しているから、多くの書籍を集めたような感じであり、だから各章ごとに後記として各章の始めに置きました。
人はパンのみに生きるにあらず............(申命記 8.3 、マタイ 4.4 )
この言葉を引用した後、「ご飯も食べよう」と冗談にいう人がいる。聖書ではこのあと「神の口から出る一つ一つの言葉による」と続く。人は食物だけでなく、精神的なよりどころが必要ということである。技術関係の本に「心の技術」のような内容は見たことがないので、「これは削除した方が良いのでは」と言われることもある。しかし従来の本造りの常識を無視して始めた本作りであり、これは筆者のこだわりでもある。
1 章 2 節「何を考えていますか」で紹介したダンカスター著「精神力−その偉大な力」(絶版)は私にとって精神的に大きな支えとなった。ボロボロになっては買い換えて3冊目でもくたびれている。これほどまでに一冊の本を読みこなしたことは自分の経験ではあり得ない。この内容を一口でいえば「前向きに生きよう」ということである。
別の表現をすれば「積極的に」とか「プラス思考」とか「上を向いて」等となる。ではそういう考えを持つためにはどうするかということであるが、そのことが詳細に述べられている。通常は一つの目次がそれだけで、一冊の本になるような大きなテーマである。読みやすいという本ではないかもしれないが、強い劣等感を持っていた私には最適の本であった。 これ一冊あれば「心」に関する他の本は不要になる位である。このような啓蒙書が他に数十冊私の本棚に並んでいるが、その多くは目を通しても「読んだ気がしない」のである。
要するに「心」に達しないのであり、なぜかを考えてみた。それは「題名」が異なっても内容が前記の「精神力.......」に含まれており、すでにそれが十分心に達しているから、同じようなものは何回読んでも、新たな知識にはならないからだと思われる。十分知りつくしている科学的知識を、さらに繰り返し学んでも覚えた気にならないのと似ている。知らないことを学んでこそ知識が増え、それが認識できる。しかしながら科学的知識と違って、精神的なことは忘れやすいし、他の情報にものすごく影響されやすい。また内容が同じようでも様々な方法で表現出来るので、一見違った新しいものに見える。故に現在も精神世界に関する本が次々と出版されては消えて行く。内容はあまり変わらず、これまで言われてきたことの焼き直しが多く、姿形を変えているだけのようである。
この「心の技術」にもすでに過去の資料で言い尽くされたことも含まれているかも知れない。それでも時代や人が変わり、表現も変われば新しい「啓発書」として
なにがしか「心の糧」になると思うのである。
「日本人は12才」といったのはマッカーサー元帥であるが、彼は政治的な意味で言ったので知識レベルを云々したわけではない。そして「数式を一つ入れる度に本の売上は半減する」といったのはホーキング博士であり、このような知識に弱いのは世界共通のようである。
データは古いが科学知識に関する意識調査が行われ(文部科学省2001年)、先進国で世界の
「大人の科学知識の比較」が行われた。その結果日本は下位(正答率54%)に属することになったが、しかしそれに驚くことはない。質問に対する答えは○×と(分からない)であり、デタラメに印を付けても確率は50%、つまり正答率も50%になる可能性がある。とすれば
一位(73%)とビリ(48%)との点数の差がそれほど大きいとは言えない。いうなれば50歩、100歩、ドングリの背比べである。
まして 2000人 程度のデータでは少なすぎであり、比較しても意味がない。要するに世界共通いずれも科学知識に乏しいということになる。
しかし気になることが一つある。どうでもいい問題に正解をだしながら「電子の大きさは原子よりも小さい」という基本的なことに日本人の正答率は 30 %、分からないが 50 %であった。調査対象の年齢は 18 〜 69 才 となっているが、中学生程度の知識を欠いている。これは基本中の基本であり、これが分からなければ先に進むことができない。
さてこの第二章(物質T)は高校で習う化学の基礎を物質という視点から解説したものである。そして原稿の完成後にウエブサイトである文章を目にすることになる。それは「現在の化学教科書の記述はおかしい。高校程度の化学ならすべて(平衡)という考えで統一的に説明すべきである」というものである。なるほどそういう説明方法もあるかと思い、原稿の半分程度をその線に沿って書き換えることにした。しかし筆者の実力では思いが実現しているとは言い難い。5 章7.1でも述べたように、電子の挙動によって、電気や磁力、また様々な電磁波が発生する。要するに電子が主役なのであり、様々な化学反応も、酸もアルカリも電池もさらにはオーロラの発生まで、すべてが電子の動きに由来する。平衡ということで統一的に説明するのも電子の挙動の一つでしかない。
物理学では力 (重力、電磁力)に関する統一理論とか、大統一理論 (核力)などの言葉を聞くが、これらは難解で分からない。高校の化学や物理にはこの原子や電子に関しての説明がダブっており、さらに原子分子は最後に説明されている。それらをまとめた理科総合(化学、物理、地学、生物等)として、原子や電子の最初から説き起こし、それらを中心に統一的に説明すること、つまり 「一を聞いて 10 を知る」 というようなことができないのであろうか。この章を「物質」としたのも一つのテーマで説明し、すべてに関連があることを示したつもりである。
工学で扱う数字には必ず名前や単位がつく。単純な倍数の数字は別として物理量には単位が付きその単位について、法律(計量法)で定められている。国際単位系を基にして構成されているが、すべての技術範囲に及ぶので、聞いたことのない単位も出現する。それらのうち、汎用的に使用される単位を抜き出して説明した。
単位を理解することはまたそれに関連する技術内容も知らなければ完全な理解は得られない。ゆえに出来るだけ、それらについても別枠で紹介することにした。しかしあまり使わない単位まで無理して知る必要はない。
7つの基本単位と補助単位にはそれぞれ1頁を費やしている。単に定義だけでなく、その単位についての歴史や雑学的知識を紹介した。単位の中には名称が異なるけれど表示記号が同じものがある。たとえば仕事と熱量(J)、電流と起磁力(A)、効率と音響パワー(W)等である。またヤング率は(Pa)であり撓みは(m)であるが、これらは計量法に定めていない。しかし計量法に定めてなくてもこれらは重要な単位であり、このような例は他にもある。単位記号は同じでも、名称が異なれば物理的意味も当然異なる。それらについては物理、化学、熱力学、電磁気学、材料力学などから必要な知識を得られるように解説し、またこれらの項目で説明しきれない内容については別枠で参考として掲載することにした。物理や化学が分からなければ単位も理解できないし、この逆はありえない。だから内容の記述に は技術的事項の説明も必須となり、この章はちょっと高度な総合理科的内容である。
簡単なようでいて、いざとなると戸惑うのが単位の換算である。この場合割り算なのか、かけ算 なのか、常時行うものでないだけに結果に自信が持てなくなることがある。換算のためのホームペ ージもあるが、必要な時に直ぐというわけにはいかない。電卓があればそれで換算出来るのが手っ 取り早い。その方法をP.122で紹介した。単位換算表は通常、縦と横のマス目の表になってい るが、P123の表は縦だけで横はない。電卓での換算ではそれは不要であり、スペースを節約するための工夫でもある。
最後の頁には単位に関する歴史を記述した。
「二次方程式は分からなくても、生活に不自由はしない」と言うようなことを曾野綾子氏がいったとか。私自身も他の人よりは比較的に二次方程式が必要とされるであろう職場にあったが、それでも二次方程式を必要とするケースに遭遇することはなかった。ましてもっと高度な数学には当然出る幕はない。これほどまでに使用されない数学なら「教える必要はない」というのもうなずける。
二次方程式程度でも殆ど使われない理由は本文に述べているが(4.1.2、4.2.2)、日常の数学(算数)は四則演算の利用が圧倒的に多いであろう。とすれば高等?な数学は学校で教える必要はないということになる。数学者はこれに異論を唱えるかもしれない。数学は大切だ、科学技術の基礎をなすものだ、現代の科学技術は数学無くして成立しないなどと言うであろう。それはそうとしても、ごく一部の人にしか使われない数学を普通の教科科目にするのとは問題が別のような気がする。数学の書籍は数多く出版されているが、「数式が一つ増えるだけで本の売上げが半減する」ということであれば、数式だらけの数学書は一冊も売れないことになる。これらを踏まえて、本章を書いて見た。これも型破りであり、他の数学書にはない内容である。
最初に文章問題を取り上げて解説した。小学高学年から中学生程度の問題である。全問正解できる人はどれほどいるであろうか。前述の「大人の科学知識」の調査から推定するとかなり低い数字になると思われる。これらの内容は殆ど一次式の連立方程式であり、方程式として提示されれば、計算は四則演算に過ぎないから殆どの人が正解を出すと思われる。文章問題になると途端に難しく感じるのは、式を立てる推理力と文章の理解力にも関係するからかも知れない。
数学が実用化に向かう大きな転換となったのがデカルトの解析幾何学(1637年、方法序説)とされている。まだグラフ用紙もなかった時代に、デカルトは、x軸という水平の線とy軸という垂直の線とを公差させることで座標という概念を提示した。 これは大きく発展し三角法や対数に大きな影響を与える。 y = sin x
がグラフになり、無限に続く交流の電波が見える形になった。またジョン・ネーピアは「方法序説」発表の40年前から対数のアイデアを思いつき 20 年間計算を行い、対数表を作った。 これもまた y =log x として図表で表せるのである。
x2 + y2 = a のグラフは円となり、(x2 + y2 + ax ) 2= b 2 (x2 + y2 ) のグラフはかたつむりの形になる。どんな数式もグラフにすることができ、また逆にどんなグラフも数式にすることが出来る。そうして生まれてきた変数とか関数という概念、それは自然界のどんな変化や動きも方程式になり、曲線にして考察することが出来る。デカルトが 1650 年、54 歳で生涯を終えたとき、ニユートンは 8 歳 であった。のちに彼はこの解析幾何学を微積分学へと大きく発展させる。(タイムライフ刊、人間と科学シリーズ、数の世界)
さて この章ではもっとも使用されることが多いと思われる前述の関数(一次関数、二次関数、三角関数、指数対数関数)について簡単に解説する。特に対数に関しては、この書のなかでも対数グラフを多用していることもあり、応用出来るように解説したつもりである。難しく感じるかも知れないが、基本はy=ax
から出発しており、それが y=xa になっただけのことである。難しい数学は抜きにしてやさしい事柄の理解に徹することで、応用の幅が大きく拡がることを知って欲しい。
この章は本書の執筆を思いつくきっかけとなった所である。それなのにグラフだけは完成しても肝心の本文が埋まらず最後まで空欄であった。本文は1、2頁を想定したのであるが、グラフに書き込んだ項目が多くそれに関する事にコメントを始めると際限無く続くことになる。たとえば長さについて言えば、原子の大きさから始まり分子、細胞、ウィルス、蛋白質、可視光線.....と続く。
これらのそれぞれに説明を加えていくときりがない。どれを取り上げどれを捨てるか、あるいは全く書かないかである。またグラフと関係づけないのであれば、ここに記述する必要もない。さらに他の章とダブるのも避けなければならない。電磁波でいえば最小の波長γ線 (10−13 m) から始まり、X線、紫外線、可視光線.....と続く。どれを取り上げても1、2頁は直ぐに埋まる。それらの中から真に必要とする情報は何かを選択して記述することになる。この章ではそれらを考慮し、目次に記載してあるような項目に絞り込んである。全般的にハイレベルであるが、いずれも本書の目的に沿った項目にしたつもりである。
最後に取り上げたのは、質量に対する価格である。車とか住宅などは一戸とか一車の価格であり、これを質量の単価にするのは意味がないように思えるが、しかしそれでもあえて比較してみる。住宅一戸の質量などは計算のしようがないけれど、これはあくまで概算である。最も質量単価の安いのは水道水 ( 0.05〜0.2 円/kg ) であり、これは正確に算出できる。最高に高価なのはダイアモンドであり、10 億 円/kg 以上である。いやもっと高いかも知れない。価格があるのに質量に換算出来ないもの、それは土地であり、これはどうにもならない。もう一つは人間である。これは質量は分かっても肝心の値段がはっきりしない。命の値段は生命保険かあるいは臓器販売における値段にするか、あるいは生涯賃金とするかである。「人の命を何だと思っているのか」と言われそうだが、金の価格と同じくらいなら納得ということにならないであろうか。ここで取り上げた資料はあくまでもおおよそのものでしかない。個別に比較するなら、シート状のものなら面積で、液体なら容積でということで、各自の工夫により基準を決めて比較するなら、また新しいアイデアも生まれるかも知れない、そのための一章でもある。
第二章の物質Tで気体、液体を解説したが、気体と言えば空気、液体と言えば水である。我々のまわりに常に存在する空気と水、その関係についてさらに具体的に述べた章である。基本は習ってもそれらとの関わりについてはあまり教えられることはない。ここでは大気の構造と空気の組成、そして空調で必要な湿度関係について解説した。水蒸気は私たちの生活に切っても切れない関係にあるが、「ものつくり」という環境においてもけっして見過ごせないものである。冬にはなにも起こらないのに、露の季節になるとトラブル続出となったり、この逆も起こりえる。すべては湿度に関係することが多いのであるが、なぜか毎年同じことを繰り返す。湿度に関する知識があれば対策も考えられると思うのである。P229に示した湿り空気線図は筆者が工夫した図であり、従来のと比較して利用しやすいかと思われる。
水に関しても、特徴のある単行本が出版されている。しかしたとえ単行本であっても、水に関する情報は非常に多いので、それらの一部を述べているにすぎない。この章では更に絞らざるを得ないので舌足らずとなるが、できるだけ「ものづくり」に関することに焦点を合わせることにした。
3節、4節は無機と有機化学を記述したが、高校レベルを少しばかりはみ出した感じである。説明不足だからとして、詳しくすると際限なく枚数が増えていく。概略の説明では利用価値がないから削除すると、次々と削除することになり、しまいには何もなくなってしまう。どの辺で妥協するかは難しい所であるが、それでも簡潔にして理解ができるように配慮したつもりである。
「ものづくり」において二酸化炭素の問題は無視できない状況にある。温暖化対策が叫ばれる中、P226 に記載した文章に対して「これは削除すべきではないか」と忠告してくれた人がいる。筆者もこの分野の専門家ではない。しかしである。私の浅学非才な知識を持ってしても、CO2 原因の温暖化説はとても納得できるものではない。水蒸気の影響を全く無視してわずか 0.035 % の CO2 の上下を問題にすること自体ナンセンスである。本書はこれを論じる所ではないので深入りはしないが、どれだけの人がこの説の信憑性(しんぴようせい)を考えているであろうか。学者や専門家が反論しているホームページがあり、書籍も発行されている。それらがすべて正論か否かは別にしても問題視されていることは事実である。政府やマスコミ、行政が騒ぐから何の疑いもなく信じて、CO2 削減の努力をする。全く無駄とは言わないが、もしCO2 が原因でないとすれば別の対策があるのではないかと思う。温度上昇が人為的でなく、それが避けられないとすれば、温度上昇による影響に対して直接的な対策に努力や費用をつぎ込むべきであろう。もし排出権取引で外国に大金を支払うことになるなどと聞いたら、「ちょっと待てよ」と言いたくならないであろうか。
温暖化については 5 章9 節でも若干触れている。温暖化を盲目的に信じる前に、ちょっと難しいかもしれないが、この問題の賛否両論を比較してみることである。
「ものづくり」には技術以外にも多くの知識を必要とする。何時までも新入社員でいるわけではなく、遅かれ早かれ人を使う立場になる。たとえ社員一人しかいなくても年取るごとに成長しなければならない。位が上に行くにつれ、技術以外の知識が否応なく要求される。それらを知らないと部下に軽く見られて、さらには組織や会社を危うくすることになりかねない。なんでもかんでもという訳にはいかないがこの章ではそれらを考慮して項目を選定した。多分誰も教えてくれないこ事柄だから自己啓発でやるしかない。
「特許をとってお金儲けをしよう」などという本があるけれどそんななまやさしいものではない。特許を取ればいいというものではなく、企業秘密が得策という場合もある。特許出願する前に一度立ち止まって出願の是非を真剣に考えることである。
決算期になると日経新聞には多くの会社の財務諸表を見ることが出来る。「そんなもの知らなくてもいい」と思う向きはパス、しかし新聞に載らなくても自分の会社の成績を知るには恰好の資料である。
営業課長が私の所にB4用紙10枚ほどに数字をびっしり書き入れた数俵を持ってきて説明し始めた。原価をこれだけ下げて売価をこれに設定してこれだけ売れば利益はこれだけになる。というようなことをいろんなケースを想定して表にしたものであり数日かけたと思われる力作?である。熱心ではあるが、しかしちょっとした数学というか原価計算を知らないと無駄な努力をすることになる。このようなことはP292 の 図7.4
一枚で済むことであり、一時間もかからないで出来るであろう。
詳細は本文に譲るが、金利の計算なら個別の数字が必要となるが、原価計算では概略でよく、最終の数字が決まればそれでよい。この章の直接原価計算は特別難しいことはない。単なる一次方程式の応用である。
これも少しの知識があると無いのとでは仕事に大きな差となって表れる。JISには詳細に描き方が 決められており、まさに手取足取りであり、ここまでやるかという感じである。製図はしなくても、図面を読むだけでいい場合もあり概略は知っておくべきである。製図は描くだけでなく設計も重要であり、筆者の経験からすれば、設計者が製図をするべきだと思う。単に製図をするだけならスケッチかトレーサーでしかない。
ホームセンターには様々な接着剤が販売されているが、しかし接着剤はこれだけではない。市販されていない接着剤も多くあり、また接着工程を必要とする製品は非常に多い。大量に使用するならある程度化学の知識を必要とされる。
この章に置くには場違いな感じであるが、他のどの章においてもしっくりしない。さりとて独立させるには小さすぎるので、なんでもありのこの章とした。あまり使用することは無いかも知れないが、巻末に数字だけ羅列されているよりはよいであろう。
昭和33年(1958)に北海道庁が日本で初めてのペーパーハニカムを生産する会社を発足させた。道庁が大株主であり、翌年工場建設の最中に私はそこへ就職した。
マーケットリサーチなど何もせず、需要の全くない市場でいきなり生産を開始したのである。当然売れる筈がない。魚が全くいないところで釣りをしているようなものである。役所のすることと言ってしまえばそれまでだが、偶然とはいえ本来の用途と全く違う用途に販売の糸口をみつけて、一息つくことになる。だがそれだけで事は済まない。その用途でさえ新たな開発がなければ即売上げは皆無となる。
売上不振の中で技術者である上司は次々退職し技術者は自分一人だけとなる。
社長は役人上がり、そして総務、営業、工場など他の部署にも技術者はいない。
加えて仕事の内容は日本ではじめてのこと、何所にも相談や参考にする所がない。一兵卒の私が技術の総責任者であり、技術的決定権は社長より上である。
入社して半年後、生産設備に不満を抱き、全く新しい方式のハニカムの製造法を発明し特許出願する。この特許が査定され以後この特許は会社を存続させる上で重要な特許の一つになった。
「石橋を叩いて渡る」というのは「用心に用心を重ねる」ことであるが、「石橋を叩いても渡らない」というのもあり、超慎重派を言うらしい。しかし過去に私が行ってきたことの幾つかは「叩くべき石橋がない」のに渡るということを行ってきた。たとえば未だ世界に存在しない製品を受注するということである。数量、価格、納期を決定し、作る方法から研究を始め、生産設備を開発し、設置場所も考え自ら生産もする。「出来るかどうかは神のみぞ知る」という無謀なことを約束するわけである。「叩くべき石橋はない」けれど「架空の石橋は大いに叩いている」のであり、無茶をしているとは思っていない。そんな経験を綴った一章である。
「アポロ13」という映画を見ていたとき、計算尺が写っている画面が表れて驚いた事がある。そうだあの頃はまだ電卓なんてなかったんだ、計算尺が計算の主役になっていたのである。その計算尺は現在、姿を消している。時代と共に商品は変遷して行くから「ものづくり」に開発は欠かすことができない。昔のままの商品が今も生きているというのはごく少数である。この「アポロ13」を見た後、この映画をぜひ部下にも見せたい、いや部下だけでなく、開発を担当しているすべての人にと思ったものである。酸素タンクの爆発をきっかけにアポロ13号に次々と難問が押しよせてくる。時間との戦い、孤立無援、閉鎖空間、船内の限られた器具類や材料という状況での問題解決策である。この映画は問題を解決するにあたり、不可能はないということを教えてくれる。 開発という行為は「あちら立てればこちらが立たず」という状況を連続して克服する事である。
さらにいえば「チャチなものはチャチな方法で解決できる」ということである。
技術者は往往にして「鶏を割(さ)くに焉(なん)ぞ牛刀(ぎゆうとう)を用いん」という間違いをする。煙草の火を消すのにバケツ一杯の水を使うようなことを、気がつかないでやることがある。
開発は最小限の費用で行うのが良い、今あるものを最大限に活用し、小さい問題は小さいなりに、大きい問題は大きいなりに工夫することである。「アポロ13」はそれを教えてくれる。事実と違うところがあるとしても、映画だから誇張もある、しかしその精神を学ぶ事はできる。
本書の構成は本文に見るとおり、従来のジャンルという分類に当てはまらない型破りの総合的学習書である。「ものづくり」という幅広い題名の故に関連する項目は何でもありということである。そしてこのように広範な科目範囲にわたると、著作者が多人数になるのが通例である。人数が多くなればなるほど内容の統一性が難しくなる。通常なら本書程度でもかなりの人数になる筈である。
またインターネットを利用しなければ本書の執筆は不可能なほどに多くのウェブサイトからの情報を参考とした。あまり多くて明示できないが、それでも他の文献も含めてその都度本文中に記載した。
また本文中の図表やイラスト、図形などもすべて、筆者の手になるものであり、文献から引用したものは一つもない。もちろん内容の構成から、一般に出版社が行う校正、デザインその他編集作業は一切筆者一人で行ったものである。
さらにコーヒータイムや付録も相当に時間をかけたものであり、本文とは無関係な内容であるが、参考になることが多いかと思う。「コーヒタイムなのにかえって肩がこる」などと言わないで欲しい。
ウェブサイトには「ものづくり」がつくホームページが多い。
1. ものつくり大学 2. ものづくり支援協議会 3. ものづくり基盤技術振興基本法 4.
ものづくり技術館 5. ものづくり転職サービス 6. ものづくり基盤センター 7. ものづくりタウン
8. ものづくりネットワーク 等々である。
これらの多くはすでに技術の基礎が完成した状態を前提にして、技能者や企業への便宜を図るというものであり、システム作りの感じである。しかし第二章執筆後記で紹介した「大人の科学知識」のように、多くの人が高校で化学や物理を履修していないとすれば、それらに関しての教育手段を考える必要があるのではないか。現在大人が科学知識を得る手段はテレビや新聞というのが圧倒的に多い。そのテレビが毎日「星占い」や「オカルト番組」を放送しているようではどうにもならない。
「一盲(もう)衆(しゆう)を引く」という諺がある。その意味は
If the blind lead the blind both with fall into the ditch.
である。かけ声や精神論だけでなく、科学知識の 底上げ対策が必要ではないかと思う。「ものづくり」とは伝統技術や工芸品だけではなく、通常の製造業の事である。しかしそれを支えるのは何も製造業だけではなく日本全体である。「ものづくり」は一部の人がやれば良いというのではない。それを取り巻く周辺の人たちの知識レベルも、並行的に上がらなければ「ものづくり」に携わる人々の足を引っ張ることになりかねない。「科学技術創造立国」を目指すなら、わづかなノーベル賞受賞者を出す努力ではなく、全体のレベルを上げる方策が必要である。
だがそれらを推進する人々が、科学知識に疎いとなれば、「一盲(もう)衆(しゆう)を引く」ということになりかねない。日本人の科学知識は「12才」と言われて反論出来る人がいるであろうか。有名な文化人といわれるほどスピリチュアルとかオカルト的なものに弱いようである。大臣が「UFOを信じている」などと発言するようでは淋しい限りである。「科学技術創造立国」はまず国民全体のレベルアップからである。それがないと「大人の科学知識」が先進国でブービーを脱するのさえ難しくなる(第二章執筆後記参照)。(了)
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