ここは本文各章の終わりに掲載したコーヒータイムの文章を集めたものです。
(1)日本という国 (2) 諺 (3) 青春 (4)魔方陣と詰め将棋 (5)擬態 (6)プラシーボ
(7) 宗教と教義 (8)杉原
憲法改正論が盛んである。現憲法は昭和22年5月3日に施行されてから現在60年経過し、その間一回も改正されていない。外国はというと、アメリカは18回、フランス16回、ドイツ51回であり、少ないオストラリアでも3回である。日本だけ改正しないで過ごせたのは、改正手続きが難しいことと、解釈改憲をしてきたということらしい。憲法を拡大解釈して違反ぎりぎりでも、合法のように取り繕ってきたのであり、もうそれも限界にきている。「戦争を放棄し、そのための陸海空軍その他の戦力を保持しない」という憲法は世界唯一である。しかし自衛隊の有する武器は戦力でないというのも説明がつかない。60年という歳月は世界や日本の姿を大きく変えた。時勢に合わなくなるのは必然である。
憲法第一章は天皇について始まる。そして皇室典範第一条に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する。」となっている。明治憲法の第一条にも「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」であった。
故に現在の象徴天皇にしても、「万世一系」であることに変わりはない。先祖をたどっていけば、神話にまでいきつくという事である。初代の神武天皇より125代、現今上天皇まで優に2,668年もの長い期間連綿と男系男子を継承してきたのである。時に盛衰や治乱があって消えかけた事もあったが、とにかく万世一系を守り通してきた、このような国は世界広しといえども日本以外に例を見ない(天皇年代歴表は付録4参照)。万世一系など捏造だという説もある。しかし万世一系を守りたいという意志は歴史を通じてあったことは事実であろう。真偽はどうあれその意志は尊重したい。真偽を論じても大昔のこと今更証明する方法はないであろう。現在も君主国は英国その他で29カ国あるがすべて血縁は中断されている。イギリスは11世紀に、デンマークは15世紀に中断である。天皇は「君臨すれども統治せず」でかなり以前から象徴的であり政治的権限を有していないことが多かった。鎌倉幕府以降も朝廷と幕府の二元体制があり、朝廷は幕府に統治の権威を与え、幕府はその権威を錦の御旗として利用した。自国が窮乏すれば、他民族から略奪すればよいという西欧とは違って、農耕民族の日本では、農民を犠牲にしては自分の首を絞めることになる。国民全体が家族的にならざるを得ない。日本は世界で最大にして最古の君主国である。
今年(2008年)の正月に初詣をした人は優に9,818万人に達し過去最高であるという。このエネルギーは一体どこからくるのであろうか。中にはレクレーション気分の人もいるかも知れないが、これは日本古来の宗教、神道からくる風習であり、日本全体がどっぷりつかっているようである。自分だけは違うという人がいても、日本人である以上、神道の影響から逃れることはできない。皇室の生活は現在も神道の伝統によるしきたりのオンパレードである。冠婚葬祭は「古式豊に...」といわれ、歌会始は奈良時代から行われていたという。日本には独自の和暦(天皇の皇位継承の際に改める)があり、各種祝日(元旦、建国記念日、春分の日、こどもの日、文化の日、勤労感謝の日)等々も神道に起源を有する。しめ飾り、門松、ひな祭り、成人式、七五三、端午の節句、七草、鏡餅、節分、安産祈願、合格祈願、各地の五穀豊穣を願うお祭り、建築や土木工事の始めに行う起工式、地鎮祭、上棟式 等等、数え上げたらきりがない位、神道との関わりの中で生きている。神道には教祖、教義、教団、戒律がないから宗教ではないともいわれる。教祖がいないので、信者もいない。神道は氏神・氏子という血縁関係であり、神と人とが直接かかわることになる。そこに教祖たる人は介在せず、神職は代表として神社を管理しているだけである。その意味では一般的な宗教の概念には当てはまらない。故に宗教らしくない宗教である。教義はないが、それは人も含めた自然から学ぶということになり、そのため神と人との交流が「祭り」となる。宇宙や地球上の人も含めたすべての物質はわずか90種程度の元素から構成されている。その物質を破壊すればエネルギーになる。そのエネルギーは何かと問われれば、最先端の科学者も答えることができない。そこに神を持ち出すしかないのである。知ってか知らずか、すべての物質に「神が宿る」とする神道は最も科学的なのかもしれない。
「君が代」は軍国主義や天皇崇拝に繋がるという理由で嫌う人がいる。しかし世界各国で忌まわし過去を持っていない国はない。それでも各国の国歌や国旗はほとんどが変更されずに存在している。我々は日本人であることを変えることはできない。歌を変えたところで過去を消すことはできない。君が代を「国歌」とすることは、過去から逃げず正面から向き合うことの意味にもなるであろう。
主要各国の国歌は戦争の歌であり、国家賛美の歌である。
アメリカは米英戦争の時の歌であり、「敵の軍勢...」とか「砲音轟く...」とかの歌詞が並ぶ。
イギリスは女王陛下万歳の歌であり、「御世の永きを...」「敵を砕き...」と続く。
フランスは宣戦布告の歌であり、「血塗られた軍旗...」「武器を取れ...」と檄を飛ばす。
ドイツは1.2番は他国の領土を自国のように表現するので禁止、統一を願う3番だけとしている。 北朝鮮は自国賛美のうたであり、「旭に輝くこの山河...美しい我が国...」と自賛し、どこかの校歌のうに穏やかな歌詞となっているのが不思議である。中国は革命の歌であり、共産党賛美の歌であり、韓国は愛国の歌である。「君が代」が軍国主義に繋がるという人たちは、「子守歌」なら戦争は起こないと考えるのだろうか。北朝鮮の現状をみると歌詞とは無関係である。戦争は絶対いやといいながカラオケで軍歌を歌う人もいるのである。
「水と安全はただと思っている」といわれた日本人、思っていなくても殺人統計人数実際そうである。外国のような城塞都市という物が日本にはない。四方の国
名対10万人海が防御の役を果たしたから城塞は必要なく、他民族に征服されたことがアメリカ 6.3ない。侵略したりされたり、宗教戦争も絶えなかった諸外国と比べれば、イギリス
2.7過去の日本は安全であった。そして現在は、犯罪による命の危険に関して、ドイツ 3.5「安全神話が崩壊した」などといわれる。だが、安全とは何か、1億人がフランス
3.7住む国で何も起こらないなどと言うことはあり得ない。要は程度問題であ日本 1.2る。屋外に平然と置かれている自動販売機は日本だけの光景である。外国韓国
2.2で同じ事をしたら、二、三日で破壊され中身がなくなるという。災害が起きると外国ではとたんに略奪が始まる。犯罪は年によって急に増えることも減ることもなく、国別にても犯罪の多い国は何年経っても変わらない。殺人の各国比較は表に示したようであり、殺人以外の々の犯罪についても少ない国である。日本は世界の中で「安全な国」に変わりはない。日本は財布をとしても戻ってくる可能性のある国である。深夜若い女性が一人で歩ける国、幼い子供が一人でお使に行ける国である。小さな国はいざ知らず、経済大国のなかで日本は唯一の安全な国である。
日本語は日本の国語である。こんな当たり前のことが実は極めてまれなことなのである。国語といのはその国だけで使われており、その国では他の言語は使われていないということである。この条件満たすのは日本語だけである。日本国内で英語が通用する地域はない。他の国で日本語が使われていと言うこともない。それでも約一億人が使う言語であり、世界でも主要な言語であるが、逆にいえば界語にはほど遠いということでもある。日本語の起源は南インドのタミル語という説もあるがいまだ明である。文字だけは漢字を借用しているが、日本語に同化させ独自の言語を発展させた。それは非に複雑であるが、それだけに表現力も大きい。日本語には日本人にしか理解できない表現が多くある主語がなくてもまた単語を並べたような文でも意味が通じる。俳句には季語があり、枕詞というのもり、日本人にとっては説明なしで理解できるし、そこには暗黙の了解がある。(例:目に青葉 山ほととぎす 初がつを)。世界には3000とも5000とも言語があるとされるが、言語の違いの定義があいまいだから分類の仕方がはっきりしない。隣国に日本語に近い言語は見あたらない、これを孤立言語とう。日本語はひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字等が混在し字数も多い。しかしそれだけ柔軟性がり、入りやすいが奥も深い。日本人なら日本語に習熟することであり、小学生に他国語の学習は早する。
自虐とは自分で自分をいじめ苦しめることである。「自虐史観」とは太平洋戦争(大東亜戦争)において、日本軍は他国にこんなひどいことをした、残虐非道な悪いことをしたというものである。これに対し「自由主義史観」というのがあり、互いに論争を繰り広げている。「戦争責任論」「東京裁判」「靖国問題」「従軍慰安婦」「南京大虐殺」などについてそれらが「あった」「なかった」、「いい」「悪い」という論争であり、特に歴史教科書が問題とされる。同一の史料を前にして、両者の見方が異なり、一方は偽物といい、一方は本物だとして理論がかみ合わない。終戦から62年しか経っていないのに、なぜ真実が分からないのだろう。こんな事では(2)で述べた千数百年前の天皇の継続がどうかなどの真偽を確かめるなど論外である。事実はどうあれ、当時の人々はすべてそのときの常識で行動したであろう。戦火を交えて居るときは狂気にもなる。過去に生きた人々がその時点で正しい(?)とされる思想に基づいて行った行動を現代の思想を基準にして判断すれば、悪業となることもある。それを非難しても始まらない。当時の状況を想定し、その状況なら人はどう判断するかを考えなければならない。それでも悪なら悪とするべきである。現在の価値判断で過去を問うなら、多くの国の行動(宗教戦争、植民地支配、奴隷制度、侵略、略奪、人種差別等)は現在は悪であり、すべての国は自虐史観を持たなければならなくなる。しかし自虐史観を持つ国は日本以外にないのではないか。「自分を愛せないものは他人を愛せない」というのは正論であろう。これが原点になり、ついで家族を愛し、村を愛し、国を愛しとなる。自国を愛せない人が他国から信用されることは決してないであろう。
宗教教育のない日本で「道徳教育をどうするのか」と尋ねられた新渡戸稲造は答えに窮する。そして後に日本人の道徳観念は「武士道」により培われていると気づき、[BUSHIDO
、THE SOUL OF JAPAN]と題する書籍を英文で表した。外国で発行され、後に日本に逆輸入されている。「武士道とは死ぬことと見つけたり」というような封建時代のものと、明治以降の新渡戸氏の「武士道」とは同じではない。武士道の精神とは
義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義の7つとされている。言葉だけでは何のことかよく分からない。簡単に説明してみよう。「義」:これは正義を貫く心である。「フェアプレイ」の精神であり、不正を行って競技に勝つなど
というのも義に反する事である。戦国時代、今川氏真に「塩留め」された武田信玄に対し、長年 敵対関係にありながら上杉謙信は「塩」を送る。戦いは力でするもの、食でするのではないとい
う謙信は「義」の行為をしたことになるのかもしれない。
「勇」:正しいことを行う勇気である。「義を見てせざるは勇なきなり」という諺がある。煙草をのむ 高校生を注意して喧嘩になり、大怪我をしたとする。しかしこれは決して勇気ある行動ではない。
これは「血気の勇」といい冷静さを欠いている。結果が予想され危険を回避する別の方法を考え るべきであり、それが見つからなければ注意しなくても「勇なきなり」とはならない。義を行う
には力も必要であり、だから武士は鍛錬し「文武両道」が求められる。勝てる自信があってもな お注意しないとすれば勇気がないということである。「君子危うきに近寄らず」であり、無謀な
行為はさけなければならない。怖れるべき時か否か、常に平静さをともなう勇気が求められる。
「仁」:人が持たなければならないやさしさ、愛、寛容、憐憫(あわれみ)の情である。「窮鳥懐に入 れば猟師もこれを殺さず」という心である。特に民を治める者の必要条件となる。
「礼」:敬意を表す作法である。お茶や華道、その他の人と接する場合に決められた作法を踏襲するこ ととされる。これができなければ「無礼者」ということになる。礼に心がなければ「虚礼」になる。
「誠」この言葉だけでは分かったようで分からない。易しく言い換えれば「正直」ということであろうか。
「名誉」 (名誉はこの世で最高の善である)といわれても、理解し難い。しかし子供が「悪事」を働き 「恥ずかしくないのか」という親の言葉なら何となく分かる。武士の時代は「命を捨てても守るべ
きもの」であるが、隠れて「保身のために悪事をする」というのは何時の時代も容認されるもので はない。また職権を利用して、自分や身内に便宜を図るのも「不名誉」である。
「忠義」(人の命は地球よりも重い)といわれる現代、この忠義はもっともそぐわないと思われる。
「忠ならんと欲すれば孝ならず」という事態に「忠」なる方を選ぶのが忠義である。
主君のため、あるいはお国のためなら自分の命まで差し出すということは、理解できそうもない。「武士道」を何回読んでも、この忠義だけは分かったようで分からない。
1. 悪魔は絵に描かれているほど黒くない。 The devil is not so black as he is painted .
2. 阿漕(あこぎ)が浦(うら)に引く網 Justice has long arms. 阿漕が浦は禁漁区、そこで密魚を繰り返して犯罪者になる。
悪事も繰り返していれば必ずバレル。「あこぎ」の語源。
3. 浅瀬(あさせ)に仇(あだ)波(なみ) Deep nevers move in silence , shallow brooks are
noisy .
心の浅い者ほど騒ぎ立てる。
4. 麻(あさ)につるる蓬(よもぎ) (朱に交われば赤くなる)
He who toucthes pitch shall be defiled there with.
5. 明日は明日の風が吹くTomrrow brings it own fortune. 明日は明日の神が守る。
6. 羮(あつもの)に懲(こ)りて膾(なます)を吹く
He who has once burnt his mouth always blows his soup.
第一章 16 節参照。
7. あの声でとかげ食らうか時鳥(ほととぎす)
A fair face may hide a foul heart. 人は見かけによらぬもの。
8. 雨だれ石を穿つ or 石に立つ矢 or 塵(ちり)も積もれば..... Constant dropping wears the stone.
9. 過ちて改めざる、これ過ちという It never too late to mend. 体面を気にせず素直に。
10. 一盲(もう)集を引く or 一盲見るなく千盲倶(とも)に爾(しか)り わけのわからぬ者の指図で多くの者が物事を行う事。 If the blind lead the blind both will fall into the dicth.
11. 一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ When one goose drinks all drinks.
第一章 15 節参照。
12.
13.
陰徳=誰にも知られずに行う善行、陽報=善い報い。
14. 魚心あれば水心 You scratch my back and I,ll scracth you.
水魚の交わり、好意には好意で対する。
15.
16.
上司が悪ければ部下も悪くなる。
17.
Better be the head of a dog than the tail of a lion.
大集団の後ろに居るより小集団でもその先頭になれ。
18.
貧すれば鈍(どん)する。
19.
人間の幸不幸は常に変化する。
20. 歳月人を待たず Time and tide wait for no man. 勉励だけではない、遊びも真剣に。
21. 重箱の隅を
22. 人事を尽くして天命を待つ Man proposes , God disposes. 成功を期待する前に最善の努力。
23. 死んで花実が咲くものか or 命あっての物種 While there is life ,there is hope.
24..
小さな事に大げさなことをする。
25. 過ぎたるはなお及ばざるがごとし or 薬も過ぎれば毒となる。
Too much is as bad as too little.
26. 井の中の蛙大海を知らず He that is in hell knows not what heaven is.
27. 千人の
つまらない者が大勢いても賢者一人に適わない。
28.
大騒ぎしたわりに何もえられないこと。
29.
いくら財があっても満足しない者は貧しい。
30. 角(つの)を矯(た)めて牛を殺す。 You kill the tree by trying to straighten its branches.
本末転倒のこと。
31. 隣の花は赤い or 他人の飯は白い or 隣の芝は青い Our neighber's hen seems a
gooes.
32.
33 船に
マッカーサー元帥や松下幸之助氏が座右の銘とした「青春」という詩がある。
アメリカのアラバマ州バーミンガム市でサムエル・ウルマン(ユダヤ人)が「80才の年月の高みにて」と題する詩集を自費出版し、その巻頭を飾った詩である。それが「リーダース・ダイジェスト」に掲載され、巡りめぐって、日本の一地方紙に掲載された。多くの翻訳があるけれどなかには古い文体もある。長い詩であるが筆者が訳すと次のようになる。
青春とは人生のある時期をさすのではなく、心のあり方のことだ
それは単に紅顔の面持ち、紅い唇、しなやかな肢体などを言うのではない
青春とは、強固な意志、豊かな想像力、激しい情熱を指し
臆病を捨て去る果敢な勇気、安易さを退け冒険を求める飢えた心を言う
人は歳を重ねるから老いるのではなく、理想を失うときに老いるのである
歳月は皮膚にしわを刻むが、情熱の消滅は魂にしわを刻む
悩み、疑い、自己不信、恐怖、絶望、これらは長い年月にわたり人を老いさせ
生気ある魂を死に至らしめる。 70才であろうと16才であろうと、
その人の胸中には驚異に惹かれる心あり、星空の摂理に驚く心あり、
事に処する大胆な挑戦あり、子供のごとき好奇心あり
そして人生への興味と歓喜がある。
人はその信念に比例して若く 疑惑と共に老いる
人はその自信に比例して若く 恐怖と共に老いる
人はその希望に比例して若く 絶望と共に老いる
人は全能の神から、人から、大自然から、その美しさ、雄大さ、力強さ、喜び、
勇気などの霊感を受ける限り、何時までも若くある
これらの霊感が途絶え、皮肉の氷が心を固く閉ざし、
悲嘆の白雪がこれを覆いつくせば
その人は真に老朽と化する。頭を高く上げ
希望の波をとらえる限り、人は何時までも青春である。
以上のようなものであり、詩というより散文のようであるが、「心が若いことが青春なのだ」という主張には多くの人が共感したようであり、この詩「青春」を主題にした単行本まで発行されている。
私も内容には同感であり同じようなテーマで書いたのが第一章のタイトル頁に掲載した「明日は私の風が吹く」である(下に再掲する)。この詩の内容は、第一章本文で半分くらいは説明されているかも知れない。それでもあえてこの詩について解説してみる。
一番 :「絵に描いた餅」という軽蔑的な諺がある。しかし見方を変えれば、絵になるからこそ実物を作ることも可能になる。故に「絵に描いた餅」は夢を実現するための第一歩であり、ここからすべてが始まるのである。この諺の意味をかねて表現したのが最初の一行である。
そして夢には当然に「幸せ」や「裕福」や「薔薇色の人生」を求める願いがあり、貧乏を願う夢などはあり得ない。それは薔薇色が強く心に染みついたようになる。また夢が大きければ大きいほどその実現は何時のことか解らない。「夢は実現するためにある」とか、「実現しなければ夢でない」とか言う人もいるが、あまり固く考えると、摩擦だらけの人生になるかもしれない。だが確実に夢に向かうためには、その実現のための努力が必要である。それは「賽の河原で石を積む」ことに似ている。「賽の河原」の話をこの世(娑婆(しやば))に置き換えてみた。
「賽の河原」とは死んだ子供が行く所といわれる冥途(めいど)の三(さん)途(ず)の川の河原。ここで子供 は 父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず大鬼にくずされ
る。積んでは崩され積 んでは崩される。そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救うと言われ ている。
小さい時からの学習や習い事、夢に繋がる様々な技術の習得など練習につぐ練習でなければ身につかない。また様々な仕事に失敗はつきものである。それは石を積んでは崩される子供に似ている。そういう努力なしに人は成功しない。それはまた自分のためでもあるが、広い意味では、家族や会社、もっといえば人類全体に何らかの小さな足跡となり、ずっと未来の奇跡の成就に役に立つものと信じたい。日常の普段の努力はこれからの奇跡の始まりの一里塚となる筈である。
二番 「覆水盆に返らず」という諺がある。こぼれた水は二度と盆には戻らない。過ぎ去った過去に未練を持ち、どうにもならないことにいつまでもこだわり、人生を無にする人が居る。肉親との死別、離婚、仕事の失敗など、連綿と後悔の念を持つ。またこれから先のこと、まだ起きてもいない出来事を心配し、取り越し苦労をする人が居る。
貧乏への怖れ、失業の怖れ、病気への怖れ、危険な事柄への恐れなど未来のことを悪い方に解釈してしまう。「過ぎたこと、これからのこと」これら二つを思い煩うのが人の常である。そんな悩みはきっぱり捨ててしまおう。そうすれば人生「重荷を負うて遠き道を行くがごとし」ということには決してならない筈である。まずは肩の荷を軽くすることである。
三番 移り変わりの激しい世の中である。自分の夢を実現して行く中で時として他の事に目が映り心がゆれるかも知れない。しかし自分は自分、人は人、己の道を進むしかない。それを真剣に行うことで必ず道は開ける。熟考した末に選んだ自分の生きる道、それを根性をもって、しつこく諦めず続けてみたい。「我が立つところ深く掘らば必ず清泉が湧き出ださん」という言葉もある。自分の人生は自分で作る、それが私の追い風となって吹く筈である。
四番 「人生わずか五十年」というのは昔の話、現在は100年以上生きる時代である。それでも夢を実現するには、桜の花のように短い。これは自分しかやらないことだから急ぎたい。だからといって自分の夢の実現に夢中で、回りが見えなくなり、周囲の人々に無関心で自己中心的になってはいけない。時には夢の実現に無関係なことに関わらなければならないこともある。人として、家庭人として、社会人として、国民として果たす義務を忘れてはならない。それに多少時間が取られるとしても、それで夢の実現が阻害されることはない。そして何があっても夢を諦めなければ、「歳月、人を待たず」というけれど、この場合は「待ってくれる」であろう。
五番 歳は取っても、心を若く保つことはできる。ここはウルマンの主張の別の表現である。「顔にしわ」ができても「心は玉の肌のようにつるつるで、若々しく皺はない」。ウルマンがいうように悩みや疑い、恐怖、絶望などは、心身ともに老人にさせる。何歳になっても夢は捨てない、何時までも若い心を保つ、それが青春ということである。
「

詰将棋の詰め手数は通常は5から15手位、ながくて25前後の手数が多い。3手、5手詰等は当然やさしいが、十数手になると、一筋縄ではいかない。まして30手を越えると最初から諦める事になる。数学の場合は問題を作るのはやさしく解くのが難しい場合がある。しかし詰将棋の場合は作るのは解くよりはるかに難しい筈である。それなのにプロともなれば、常人にはとても信じられないほどの詰将棋を作る。その一つが右に示した「ミクロコスモス」である。駒全部を使い、詰手数はなんと1,525手である。通常指し将棋一局の指し手数は100手前後である。こん
な長手数の詰将棋はどんな形で積み上がるか想像もできない。初手は4一歩成りである。そして王は7二と1二の間の往復を何回も繰り返し、その間に9九の馬が働き、王は1九にきて、金打ちでしとめられる。
将棋そのものの歴史は古く江戸時代以前からある。そしてこれまで指された対戦総数は、膨大であるが、同じ棋譜というのはあり得ない。これからも世界中の人が毎日対戦しても同じ結果には決してならない。これは囲碁も同じであり、どれだけ多く対戦しても、指し尽くされ、打ち尽くされる
事はない。前頁で紹介した魔方陣の中で5次の場合は約2.7億通りであり、6次では1.8×1019 通りである。これを将棋盤の9×9の9次になるともう計算不可能であろう。奇数であれば先に紹介した方法で、どんな次数でも作れる。これが将棋盤のマス目ならどうなるか、作ってみた。右下の図は先に紹介したのとは別の方法で作ったものである。つまり最初に記入する1
の位置により記入方法が異なる。斜め上に書いていくのは同じであるが、すでに数字が書かれているときと対角線の時が前の場合と異なる。(赤字で示す)1.
対角線の交点の一つ上に1を書く。 2. 右上に順に数字を書いていく。イ、上段の枠外に来たら右下に書く、 ロ、右辺にぶつかれば、一つ上の左端に書く。ハ、すでに数字が埋まっている場合は、一つマスを飛ばして上に書く。(右図で9の先には1があるので10の位置になる)。ニ、対角線の右上に来たら(図の45)同じ欄の空いている一番下のマス目に書く。この方法も奇数であればどんな次数でも可能である。将棋にしても、魔方陣にしても、ルールがあり、種類は大きく制限されるはずであるが、それでも計算できないほどの数が存在する。わずかの駒やマス目でこれだけの数になるとすれば、地球に存在する元素の種類は100近いから、それらが組み合わさってできる物質の数は想像を絶する程になるのは当然かも知れない。人知もさることながら、自然もまた神秘の極致である。
詰将棋の詰め手数は通常は 5 から 15 手位、ながくて 25 前後の手数が多い。3 手、5 手詰等は当然やさしいが、十数手になると、一筋縄ではいかない。まして 30 手を越えると最初から諦める事になる。数学の場合は問題を作るのはやさしく解くのが難しい場合がある。しかし詰将棋の場合は作るのは解くよりはるかに難しい筈である。それなのにプロともなれば、常人にはとても信じられないほどの詰将棋を作る。その一つが右に示した「ミクロコスモス」である。駒全部を使い、詰手数はなんと 1,525 手である。通常指し将棋一局の指し手数は 100 手前後である。こんな長手数の詰将棋はどんな形で積み上がるか想像もできない。初手は4一歩成りである。そして王は7二と1二の間の往復を何回も繰り返し、その間に 9九 の馬が働き、王は 1九 にきて、金打ちでしとめられる。将棋そのものの歴史は古く江戸時代以前からある。そしてこれまで指された対戦総数は、膨大であるが、同じ棋譜というのはあり得ない。これからも世界中の人が毎日対戦しても同じ結果には決してならない。これは囲碁も同じであり、どれだけ多く対戦しても、指し尽くされ、打ち尽くされる事はない。
前頁で紹介した魔方陣の中で5次の場合は約 2.7 億通りであり、6 次では 1.8×1019 通りである。これを将棋盤の 9×9 の 9 次になるともう計算不可能であろう。奇数であれば先に紹介した方法で、どんな次数でも作れる。これが将棋盤のマス目ならどうなるか、作ってみた。右の図は先に紹介したのとは別の方法で作ったものである。つまり最初に記入する
1 の位置により記入方法が異なる。
斜め上に書いていくのは同じであるが、すでに数字が書かれているときと対角線の時が前の場合と異なる。(赤字で示す)
1. 対角線の交点の一つ上に1を書く。
2. 右上に順に数字を書いていく。
イ、上段の枠外に来たら右下に書く、
ロ、右辺にぶつかれば、一つ上の左端に書く。
ハ、すでに数字が埋まっている場合は、一つマスを飛ばして 上に 書く。(右図で 9 の先には1があるので 10 の位置になる)。
ニ、対角線の右上に来たら(図の 45 )同じ欄の空いている一番下のマス目に書く。
この方法も奇数であればどんな次数でも可能である。将棋にしても、魔方陣にしても、ルールがあり、種類は大きく制限されるはずであるが、それでも計算できないほどの数が存在する。わずかの駒やマス目でこれだけの数になるとすれば、地球に存在する元素の種類は
100 近いから、それらが組み合わさってできる物質の数は想像を絶する程になるのは当然かも知れない。人知もさることながら、自然もまた神秘の極致である。
大学の「鳥人間コンテスト」をテレビで見ていたとき、飛び立つと同時に墜落したチームがあった。「こんな学生は絶対に採用しない。」という私に妻がいった。「そんな可哀想なこと、あの学生さん達も一生懸命やっているのよ」。しかし私は思う。人力で飛ぶという目的をもって設計したのであれば、それを満たしていなければ設計ではない。飛行距離が短くて、負けたというのであればまだ良い。しかし少しも飛ばないで即、墜落したのでは、それは一生懸命にあらず弁解の余地はない。
今年、家の軒下に燕が巣を作った。垂直の壁面に藁を一本一本貼り付けていく。完成した巣が落下するということは決してない。燕でさえ「巣を作る」という設計をきちんと果たしているのである。動物や昆虫などの行動を語るとき、普通それらを「本能」という言葉でかたずけてしまう。人間の見地からすればどんなに難しいと思える行動でも、「本能」であり「進化した」とされる。しかし動植物など生命体が行う活動そのものは、調べれば調べるほど物理や化学の法則を知っていて巧妙に設計されたとしか思えないのである。人間が科学知識を得るずっと以前から彼らは知っているのである。人間自身も含め、身近なところの動植物にも不思議は一杯あるのだが、いつも接していると当たり前のことであり疑問でなくなってしまう。
それらはさておいて、もっとも「なぜ」といいたくなるのが「擬態」である。
ナナフシの仲間であるコノハムシは自分が生息するグァバの葉そっくりの形をしており、またハナカマキリは蘭の花そっくりである。これらの昆虫はどうして擬態する相手を知っているのか。何らかの方法でこれを知ったとしても、それで自身の身体をそれに合うように作るなど不可能な筈である。人間でさえ、自分の髪の毛一本自分の意志ではどうにもならないのである。自衛隊が着ている迷彩服など、昆虫からみれば子供だまし程度であろう。まして遺伝子を変えるなど絶対に不可能なことである。それを行うことの難しさは、専門家であればあるほど理解できるはずである。それがなぜか「進化」という言葉で終わらせてしまい、ここで思考を停止してしまうのである。擬態もさることながら、動植物の超能力は人間の知恵をはるかに超えている。
庭の木にオニグモが立派な巣を作る。ところが、地上から高い場所にたった一本の糸しか張らない別種の蜘蛛B種がいる。このB種はオニグモより低能だから難しい網は作れないのだと人間は勝手に考える。だが真実は違う。オニグモは網を作る以外に高い木から地上に降りたり上ったりするために一本の、しかも全然粘着性のない糸を張る。これをサオリ糸という。B種はそれを知っており、オニグモはB種の張った糸を自分のサオリ糸と間違えて使うことがある。そのときをねらってB種はオニグモを襲い捕食する。網はたった一本の糸でいいのであり、低能なはずのB種はオニグモより利口なのかも知れない。
カッコウという鳥は「拓卵」という習性があることで知られている。他の鳥(モズやウグイス、仮親という)の巣に卵を産み、その鳥に育てさせるのである。仮親もそんなことに抵抗するが、カッコウは仮親の隙をねらって生み付ける。人の場合、妊婦が産気づくと待ったなしであるが、カッコウはチャンスがきたら直ぐに生めるのである。そしてカッコウの卵は仮親の卵より二三日早く雛になり、雛は仮親の卵を巣の外に出してしまう。生まれたばかりの雛がこういう行動をするのも驚異的である。そして仮親は自分より大きい雛にせっせと給餌する。
托卵される際に抵抗したことはすっかり忘れているようである。仮親は「自分の子でないことに気づかない」ことをカッコウは知っているのである。これらに類する不可思議なことは動植物にはキリがないほど多く見られる。生物の多様性は今更説明するまでもない。また生物の環境に対する備え、すなわち極寒の世界、酷暑の砂漠、乾燥地帯、深海の高圧力や強力な化学物質等の中で、人間の想像し得ない過酷な試練を受けて動植物は生きている。それに対し「彼らはそのように進化したのだ」などということでは全くもって納得することができない説明である。最近になってナノサイズの技術が発達したこともあり、生物のもつ驚異的な性能を解明しそれを工学に利用しようという研究も始まっている。
(これについては 5 章 1 節 ナノテク参照)。
「プラシーボ」とは「偽薬の効果」と言う意味である。ニセ薬でも信じて飲めば本物同様の効果が表れる場合がある。その効果は30%とされ、これは大きな効果である。10人のうち3人は偽薬の効果を認めるということである。「鰯(いわし)の頭も信心から」であり、新薬の効果を確かめるために利用され、偽薬には薬効のないデンプンや乳糖または食塩水などが用いられる。同じ症状の患者を二つのグループに分け一方のグループには新薬を、もう一方には偽の薬を与える。両方共に同じ率の効果(30%程度)がでれば新薬は偽薬と同じであり、新薬に値しないということになる。この場合医者が偽薬と新薬を処方したことを知っていると、先入観が働くので、医者にも不明にする。これを二重盲検法というらしい。 心とはいとも簡単に騙されるというべきか、つまり騙される心は医学的に証明されているのである。なぜこんな現象が起きるのか、その原因については暗示効果とされている。しかし自覚症状に対しての効果だけと考えられていたものが最近では血液成分にまで影響する場合があるという。
こうなるとプラシーボ効果も疎(おろそ)かにできない。漢方薬が効いたとかアガリスクが効いたとかいう場合もプラシーボ効果が考えられる。故にそれが働くとすれば30%を越える効果がなければ偽物となる。しかし30%という率は見方を変えれば30%も効くということであり、これを積極的に利用するのが心理療法である。「病は気から」というように、病気の70%は心理的なことが原因とされているから有効な手段であろう。
筆者が手術で入院していたとき、急に心臓の動悸が激しくなった。心電図を取ったりしたが異常はなくしばらくして落ち着いてきた。「死ぬかと思った」という私に看護婦※ はいった。
「私がついている限り絶対死ぬことはありません」。医者は時として「あなたの余命はあと何ヶ月」などと患者を奈落の底に突き落とすが、このときの看護婦のことばは私を大いに安心させた。
美人でもなく若くもない看護婦であったが「ずっとそばにいて欲しい」と思ったものである。
この安心感が病気の回復を早めるかも知れない。科学的な方法が万能ではなく、非科学的と思える心理療法的治療もまた必要である。市場にはこの「プラシーボ効果」を想定したような商品がたくさん売られている。
健康食品、健康水、サプリメント等であるが、これらすべては通常の食品から得られるものである。
「健康を維持するために必要なもの」といわれると、ただの水でも効果を発揮する。「そんなもの効くか」と疑問を呈する人には、「恩恵を受けている人がこれだけいる」と業者は説明するが、それはあながち嘘ではない。しかしそれは30%以上というデータにはならないであろう。ただの水でも、ただの食塩でもカモフラージュして、いかにも「効果絶大」と宣伝すれば、購入した人達の30%以上がその機能を認めるであろう。企業にとって「プラシーボ効果」様々である。「プラシーボ効果」があるならばその逆もあっていいと思う。たとえば「効果がはっきりしている良薬」でも30%の人には全く効果がないというようにである。マムシに咬まれてもサソリに刺されても平気な人がいる。こういう人に良薬も効果はなく、医者泣かせの人たちではないか。筆者は医者の処方による薬を毎日服用しているが、その効果となると不明である。やはり半信半疑で飲んでいるせいかなと思ったりしている。
※性別不明の看護師ではない。「白衣の天使」の看護婦である。宗教画には男性の「天使」も多い けど、なぜか私には女性のイメージしかない。
信教の自由は憲法で保障されている、だが教義の内容まで規制していない。こういう教義は認めないなどということはないのである。どんな教義にしようと教祖の自由である。「生け贄(いけにえ)として人の命を神に捧げる」。これがその宗派の「教義」であれば、それがどんなに常識や道徳から外れていても、誰も異義を唱えることはできない。しかし法律に違反しておれば当然犯罪として弾劾(だんがい)される。宗教の教義とはそういうものである。自分の宗教の教義に照らして判断すれば、他の宗教の教義はおかしいと思うのが殆どである。コーヒーや酒を飲んではいけない、豚肉や牛肉を食べてはいけない、等々の教義は他からすれば奇異に感じるであろう。しかしそれは非難されることはあっても、法的に禁じられることはない。
たとえば「輸血で助かる命をその拒否により亡くなった」という情報に「何という馬鹿な宗教だ」と批判はしても「その教義を改めろ」とは誰も言えない。未成年の子供の場合、親がこの宗派に属すると、親権を奪ってでも強制的に輸血するという事態も起こりえる。しかしこれは裁判にかけられれば「信教の自由を侵した」として、たいてい敗訴する。
徴兵制のある国で信仰の故に兵役を拒否すれば、それを認める国もあれば牢獄に入れる国もある。信者間であれば「一夫多妻も可」という教義があっても誰も止めることはできない。
新興宗教であれ、歴史ある宗教であれ信仰が強ければ強いほど他の宗教の教義には染まらず、自宗教の教義を固く守る。それは決して破壊することのできない壁のようである。パレスチナとイスラエル、イスラム教とヒンズー教、各地の部族間の抗争など人間が人間として存在する限りこのような紛争がなくなることはない。
「宗教なき科学は不完全であり、科学なき宗教は盲目である」とアインシュタインは言ったが、争いを起こす宗教ならない方がましである。インドでは宗教に基づくカースト制度がすでに50年ほど前に禁止する法律ができても、まだ人々の心からそれをぬぐい去られてはいないようである。一旦心に染みこんだ価値観というものは死ぬまで消えることがない。特に一神教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など)は自宗以外はすべて邪教なのである。それが宗教の宗教たる所以であり、安易に他を認めれば、それは宗教でなくなり、宗教の限界がここにある。
日本人で宗教を信じている人はおよそ26%である。それでも初詣に行く人は73%であり、さらに仏滅、友引、厄年などを信じている。墓参りをする人は78%、死後墓に入りたい人は90%を越え、また何らかの(商売繁盛、合格、安全等)の祈願をする人は95%である(以上
2008/5-30 読売新聞アンケート調査)。これらは明確な宗教行為であり、信じていなくてもそのふりをするのは大きな矛盾である。賽銭(さいせん)をあげて拝む神そのものが何であるかを知らず、また知ろうともしない。多神教の宗教(八百万の神)だから多すぎて知り得ないということか。
ある宗教の信者になるかならないかは自分の意志であり、神が信者を選ぶのではない。
ならば神の名を知らないで祈るなど持っての他ということになる。一神教ならアッラーの神、ヤーウェの神など区別せずに祈るなどあり得ない。一神教と多神教の信者がそれぞれを理解するのはかなり困難であろう。多神教は他宗のしきたりでも都合が良ければ抵抗なく受け入れる。故に日本人は仏教徒でも教会で結婚式を挙げる。だが仮にクリスチャンが三三九度の杯で結婚式をあげれば即、教会から排斥される。だが、仏教徒に教会で結婚式を執り行う牧師が排斥されないのは不思議であり、もしかしてその牧師は偽物かも知れない。「宗教を信じない」といいながら、日常生活ではどっぷりと、宗教的習慣に漬かっていてそれを自覚していない。親から世間から引き継いだ宗教的習慣を盲目的に踏襲している。葬式仏教となってしまった日本の宗教、浄土真宗がもっとも多くの信者を有しているといわれるが、親鸞自身は葬式を勧めてはいない。自分が死んだら「鴨川にすてて魚に食わせよ」といった親鸞である。馬鹿でかい自分の墓を見てさぞ嘆いていることであろう。
日本人でありながら最初に外国で有名になり、それが日本にも波及する。そういうパターンがよくあるが、杉原千畝も例外ではない。第二次大戦が勃発した翌年の1940年7月18日、多くのユダヤ人がオランダの植民地アンティル行きのビザをもってリトアニアの日本領事館(カウナス市)に押しよせた。彼らはナチスの迫害から逃れるためポーランドを脱出し、ソ連から日本を通り目的地に行くため、日本の通過ビザを貰うためである。当時
ソ連がリトアニアを併合し、各国の在リトアニア領事館の閉鎖を求めたため、唯一業務を続けていた日本領事館にきた。
この当時ユダヤの難民を受け入れる国は皆無である。しかしユダヤ人に同情的なオランダの領事は、はるかに遠いアンティルなら税関もなく入国可能だとしてそこのキュラソー島を指定して入国ビザを出した。しかし通過ビザでも交通費や滞在費等がなければ、許可してはまかり成らぬというのが外務省の頑固な姿勢である。身一つで逃れてきた避難民にその条件を満たす者は殆どいない。そして自国からもソ連からも当然領事館の閉鎖を催促される。さんざん悩んだあげく、領事代理であった杉原千畝は
人道的見地から、職を賭してビザの発給を決意する。彼には妻子があり、命令違反はただではすまない、命に関わることでもある。クリスチャンである彼の心強い妻の同意も得た上での決断であり、すぐさま流暢なロシア語を駆使してソ連にも通過の許可を取り付ける。7月25日から閉鎖までの約一ヶ月間、まさに「刀折れ矢尽きるまで」というにふさわしく、ビザの発給を続け記録にあるだけで
2139 枚に及ぶ。家族を含めると総計 6000 人の国外脱出を助けたとされる。領事館閉鎖のため一時ホテルに宿泊しているときも、ベルリン行きの汽車が発車して渡せなくなる最後の最後までビザを発給した。このときのものは当然正式とは言えないあやしいビザであるが、それが無効にされることもなく、中にはもっていない人も紛れて無事脱出を果たした。シベリア鉄道からウラジオストク経由で日本の敦賀(つるが)港へ上陸し、そこではまた鷹揚(おうよう)に迎えられた。そして神戸のユダヤ系ロシア人のコミュニティでしばし安住の時を得る。キュラソー島は岩だらけの小さな島であり、そんな所へ行ってもどうしようもない。最初からそのつもりはなく、日本に来てしまえばなんとかなる、ということかも知れない。行き先は単なる口実であり通過ビザだから、滞在日数は少なく再々延長して一年近くの間、一部はアメリカやパレスチナへ行った。しかし日本も戦争に参加するに及んでアメリカやその他への移動が難しくなる。さらに同盟を結んだドイツとのからみもあり、残ったユダヤ人達はビザの不要な上海に送られ、そこで終戦まで過ごすことになる。
カウナスを離れた杉原千畝氏はその後、プラハ、ドイツの各領事をへて1945年(S20/8月)にソ連に抑留され、一年後に帰国する。その翌年外務省を退官させられ、以後民間で活躍することになる。ビザ発給から実に
45 年後の 1986 年、イスラエルより栄誉ある「正義の人」賞を受賞した。
1969年 9月 イスラエル政府(1948年建国)の宗教大臣より勲章を受ける。
1985年 1月イスラエル政府より「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」を受賞。
同年11月 エルサレムの丘で記念植樹祭と顕彰碑の除幕式。
1986 (昭和61) 7・31鎌倉市にて永眠。(享年86歳)
2000 7・30 生誕地の岐阜県加茂郡八百津町に「杉原千畝記念館」オープン。
2000年10/10 日本外務省の外交資料館に、杉原千畝顕彰碑が作られる。
2007年10/10 ポーランドの大統領より勲章を授与。
2007年3/8日の読売新聞に全国自治体の首長に対するアンケート(理想とする首長)の結果が掲載されていた。以前(8年前)吉田茂や、田中角栄が上位に並んでいたということであるが、今回は上杉鷹山がトップになっていた。二位が徳川家康、三位が坂本龍馬である。またケネディ大統領が就任当時「日本人で尊敬する人」との記者の質問に「上杉鷹山」と答えたが、質問した記者自身が知らない人だったという。日本人にはあまり知られていなかったらしい彼の名前がここに来て急浮上してきたようである。明治の時代に内村鑑三が「代表的日本人」という書物を英文で発行し海外に紹介した人物が、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮、西郷隆盛の五人である。故にこれらの人々は日本より海外で知名度があったのかも知れない。
上杉鷹山は米沢藩主上杉定重の養子となり、17才で第九代藩主となる(1767年)。破綻に近い藩の財政を立て直したことで有名である。現在の体制からすればわずか17才で何ができるということになる。たとえば借金まみれの夕張市の財政を立て直せと高校生を募集したとする。高給を約束しても応募する人はいるであろうか。しかし鷹山には
そして鷹山には
「成せばなる、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」。これも鷹山の言葉であるが精神論だけでは乗り切れない筈である。彼は率先して農作業を行い役人にもやらせた。天明の大飢饉が何年も続き米沢藩だけでなく他藩でも財政は逼迫する。鷹山は米の備蓄を行い他藩では数万人の餓死者がでても米沢藩には一人もでなかった。そして当時は貧乏の故に子供が生まれてもすぐに殺してしまうという「間引き」ということが行われていた。また老人は野原に捨てられるいわゆる「
「
さてここで上杉鷹山を取り上げたのは他でもない。藩の財政を立て直した大本(おおもと)をなすもの、それは「ものつくり」なのだということである。米沢藩も例外ではない。鷹山は養蚕・製糸・織物・製塩・製陶などの開発に取り組んだ。そして漆の実から漆蝋を生産し、楮(こうぞ)から和紙を作り、桑の葉で蚕(かいこ)を飼って、生糸をつむぎ絹織物を作った。鷹山に関しては数冊の単行本がある。日本人として是非知って置きたい偉大な人物である。 (了)