第三章目次 3.1 国際単位系 3.2 法定計量単位 3.3 法定基本量 3.4 時空、力学関係単位
3.5 材料力学関連の単位 3.6 熱関連の単位 3.7 電磁気関連の単位 3.8 光関連の単位
3.9 放射能関連の単位 3.10 その他の単位 3.11 特殊な単位 3.12 非SI単位 3.13 各種単位換算表
3.14 SI単位関係史 コーヒータイム(3)青春 執筆後記(第三章)
点には大きさがなく、線には幅がなく、面には厚さがない というのが幾何学の定義である。これらはあくまで数学的仮想の世界であり、現実の世界ではあり得ないことである。そして点(ゼロ次元)を動かせば線(一次元)になり、線を動かせば面(二次元)になり、面を動かせば体積(三次元空間)になる。では体積を動かしたら何になるのか。何にもならない、体積を動かしても体積である。四次元空間などには決してならない。我々はこの三次元空間に存在している。仮想世界ではないから、実在の物体も三次元であり、それなくして「長さ」は存在しない。
空間という言葉には次のような三つの意味がある。
1.隙間 文学的表現であり単に何もないあいているところである。「空間芸術」とか、空き地を指して 「大きな空間 がある」などのように極めて狭い意味で使用する。ここに数学的意味はなにもない。
2.無限の広がりすべての方向への漠然とした無限の広がりであり「宇宙空間」などのように大きい場合に使う。空間とは物質があってもなくて無関係に存在するものである。数学的には表現できないが、
科学的概念としての空間である。この空間は曲がったり、縮んだりするものではなくニュートン力 学における絶対空間である。 これは家の中の空間も東京の空もニューヨークの空もアンドロメダ銀河
の空間もすべて同じ空間である。あらゆるものと無関係に独立に存在する空間である。
3. 座標空間 これは数学的な概念であり、長さという具体的数字を必要とする。故に長さ(L )は物体という実体を有する体積(L3)の一稜辺であり、また点A、Bまでの実体の間での距離をも表す。 これらの長さがそれぞれ単独で存在することはなく、そこには必ず物質という三次元の実体がなければならない。何もないところに位置を設定することはできないからである。「物体がなければ空間(空間座標)は存在しない」のである。物理の対象にはできない全宇宙に共通する絶対空間の中で人は任
意の位置に三次元の座標軸を設け物理現象を座標空間の中で記述することができる。
空間と時間は切っても切れない繋がりがある。それが次の式で明瞭に現れている。長さ(距離)を時間で割れば速度になるという、だれが考えたというのでもない単純な式から算出できる。
v=L/t より
L =vt ・・・・・・・・・・・・・(1)
L :長さ(m)、v:速度(m/s)、 t:時間(s)
長さを表現する最も簡単で基本的な式である。速度と時間が決まれば長さがわかる。しかし速度は長さと時間がわからなければ決めることができない。
最初、地球の子午線の北極から赤道までの距離の1千万分の 1 を 1 m と定めて作られたのがアルシーブ原器であった。しかしその距離が不確かであることがわかり、アルシーブ原器そのもを
1 m と定めた。要するに基準となる長さが変化しない物であればよいのであり、別に子午線でなければならない理由はない。現在 光の速度が正確に測定されており、変化しない定数とされている。故に現在の長さの定義は
1983 年になされ次のようになっている。
「光が真空中を 1 秒間に進む距離の1/299792458 を1 m とする」。
これは前述したように計算結果によるところのあくまでも定義でしかない。しかし実際はこれにそってできるだけ近い値を得るような工夫をして測定しているのである。
「質量とは何か」の答えは簡単ではない。質量を構成しているのは物質である。では物質とは何か。物質は分子からなる、分子は原子からなる、原子は素粒子からなる、素粒子はエネルギーからなる。ではエネルギーは何からか。ここで終わりであり、最先端の物理学でも答えはない。その本質は分からないから、ここで神を持ち出すしかない。空間や時間を神の創造とするかどうかは置くとして、物質が神の被造物とするのは抵抗を感じない向きも多いかと思う。空間や時間に対してそれを人間がどうにかしようなどという発想は過去も現在もない。空間自体を広げようとか、時間自体を長くしようなどということは絶対不可能であることを本能的に知っているからである。しかし、物質に対してだけは錬金術が長年続けられたように、また現在も方法は異なるが、人間が直接働きかけ、それを変えてみようと様々な試みが為されている。
前 420 年頃デモクリトスは物質は微細な均一の粒子からなるという当時としては画期的な原子論を唱えた。アリストテレスはこれを否定して火、水、空気、土という4元素説を提唱した。「自然は真空を嫌う」というテーゼとともに物質は不生不滅ではなく相互に転換されるという、この誤った説は錬金術を生み出し、約
2000 年以上支持され続けた。真空の存在は 1643 年にトリチェリによって明らかにされた。
このような古代の物質観を経て、現在はわずか92種類 の元素の組み合わせであらゆる物質が構成されている。これらの物質はすべて、気体、液体、固体の性状をもち、固有の密度を有する。それらが入り交じって千差万別の多様な物質を生み出している。このような物質に対して共通の指標が質量である。例えば空気と水を比較するとき、色でも、堅さでも、温度でもなく、普遍的な尺度は質量しかない。
アリストテレスはまた物体に一定の速さを与えておくには常に一定の力が必要であるとした。これも間違いであることを、ガリレオやニュートンによって正された。ニュートンの運動の法則は次式で表される。
F = ma ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
F:力(kg・m/s2)、m:質量(kg)、a:加速度(m/s2)
(2)式を変形すれば m = F/a であり、質量は力を加速度で割ったものである。これだけではなんのことかよく分からないので、詳しくは後に述べる。質量(重さ?)は大昔から天秤を用いて量ってきた。地球の引力を利用するその原理は今も変わらない。天秤なら「てこの原理」、バネばかりなら「フックの法則」を利用するが、いずれも地球の引力がなければ意味をなさない。これらは手軽に利用でき、長く続いているのは精度がよく、なによりそれに代わる手段がないからである。
以前は質量(mass)の代わりに重量(weight)を用いていた。地球の引力がすべての物質を引きつける。故に質量 m には a の代わりに重力加速度 g が置き換わるから、(2)式は F = mg となる。つまり 質量とg の積が重量であり、これを kg 重と称し kgf の記号を使用していた。本来「力」であるものを 重量(kgf)または単に kg で表現していたために当然に混乱が起きる。故に
1901 年、国際度量衡総会(CGMP)は次のような決定をした。
「重量は力と同じ意味の言葉であり、重量は質量と重力加速度の積である。
そして kg の定義も同時に次のように決定した。「キログラムは質量の単位であって国際キログラム原器に等しい」。以前は水 1 g の質量を 1 kg としてアルシーブ原器を作ったが、技術的問題があって、水から離れて金属の人工物を原器とした。人工物が基準とされているのは kg だけであり、他のSI基本単位はすべて天然物である。技術的面で人工物に勝る天然物が見つかっていないということである。キログラム原器が他の基本単位と同じように天然物になる日は未だ定まっていない。
「時間とは何か」という文学的説明はたくさんあるが、わかったようでわからない。相対論との関連で説明されるとなお分からなくなる。時間に関する本を何冊読んだところで、哲学的な混乱を起こすだけで答えは出てこない。ここでの時間とは、場所や状況によらず同じ速度で一様に流れるものであり、先にしか進まず後戻りはしないものである。そして過去から未来永劫、時間は止まることなく永遠に流れ続ける。地球の時間もアンドロメダ座の時間も時刻は同じであり、全宇宙共通のものである。この時間があるために宇宙が成立している。これはニュートン力学における絶対時間の世界である。時間は一方通行の片道切符なのであり、それは1次元で、一つの数で決まる。空間のように3つの数は必要ない。
日常、時間という言葉に意味の違いを感じないで使用しているがそれには三つの意味がある。
1. 時間間隔 これは「時間がどれだけかかったか」という場合の時間である。ある時刻とある時刻の 間隔をいうのである。当然その時間の幅は測定されなければならない。文字通り解釈しても時の間
であり、時刻ではない。これは英語でも time とhour との混乱がある。
2.時刻 これは 「約束の時間は何時何分」という場合の時間である。時間と表現するのはふさわしく ないが、日常的に使用されている。時間の長さではなく時の流れの中の点である。とはいえ時間を
時刻と表現しても時の長さを測定していることには変わりない。例えば時刻を表す2002年何月 何日という場合、西暦元年からの時間間隔を測定していることなのである。だがここで大きく異な
るのは時の流れの一つの時刻として生活の場では使用しても、この時刻を物理量として使用するこ とは決してない。0℃ と 100 ℃ は異なるけれど、今の時刻と明日の同じ時刻は数字は異なっても物
理的に差はないから意味がない。物理量に使用するのは、どんなに小さくても時間間隔である。
3. 単位 これは「秒、分、時間」という場合の単位としての時間である。その単位の中に時間という単位があるからややこしくなる。「時間は時間の単位である」ということである。これでは何のこ
とかわからないが、「メートルは長さの単位である」と比較すれば納得できるであろう。最初の時 間は単位の時間を意味しており、後の時間は時間間隔という言葉である。この章の表題の意味はも
ちろん 1. の時間間隔を意味している。
時間の式 川の水は流れ、木々が風にそよぐ。人間の心臓も鼓動し、地球も自転や公転し、原子も振動する。それらのいずれも物体の動きである。時を刻むのに物体の運動は欠かせない。原始的な砂時計や水時計も物質の流れを利用する。時は永遠に流れるからゼロ時間はない。さらに宇宙の時間の始まりはどうか、それは依然謎に満ちている。 時間の式は(1)を変形して得られ t=L/v となる。数学的に言えば速度 v がゼロでは時間の計算は不能である。時間の測定に物質の運動は欠かすことができない。次の時間の定義にしても原子の固有振動という運動にもとずいている。
当初は地球の自転の周期の(1日)の 1/86400 を1秒としていた。しかしこれも不安定であることが判明し、地球の公転の周期を基準とするがそれもまた不安定であることがわかり、現在の定義は1967年になされ、次のようになっている。「セシウム 133 原子の基底状態の二つの超微細構造間の遷移に対応する放射の振動周期の 9192631770 倍を1 秒とする」。門外漢には全くもって理解しがたい文章であると思われる。要するにセシウム原子から放出される電磁波の周波数は 9192631770/s(Hz)であり、光速(C=299,792,458 m/s, 7 章 6 物理定数参照)をこれで割ると波長は 32.61 mm となりこれはミリ波(5
章 7 参照)である。要するに原子は安定した振動をしている原子時計であり、それを利用したと言うことである。
化繊のシャツなどを脱ぐときに静電気のためにパチパチと音がする。同じような現象をずっと以前(前 600 年頃)にタレスは琥(こ)珀(はく)※1をこすることで経験していたが、その正体が何であるかは当時は知るよしもない。それから 2000 年も経った西暦 1600 年にギルバートが静電気現象の研究を初め、以後多くの研究結果を経て 130 年後(1729)グレー(Stephn・Gray) は静電気が移動することを発見する。それ以後、陰極線、ゼーマン効果、β線、熱電子、光電子など磁気と関連した得体の知れない現象が次々に発見される。存在は分かっていてもその正体がなかなか分からない。それからさらに 170 年後(1897)ようやくトムソンが電子の存在を明らかにした。そしてこの電子が導体の中を流れることを電流という※2。
得体の知れないことはまだあった。電気と磁気との関係である。1820 年 エールステッドはそれを偶然に発見する。電流が磁気を生じ、磁気が電流を生じる。磁気は吸引力と斥力を生じ、それを利用して電流の大きさを測定できる。この電流と磁気の関係が発見されて、これ以後電気の研究は急速に発展する。前述の時間、空間、質量などはその存在が自明の理であるからそれを証明するなどということはない。しかし電気現象は長い科学的研究の結果、解明された。そして電磁気関係を代表して電流が基本物理量とされている。
自然現象の中でこれが電流と表現できるものは極めて少なく、ほとんどが人工になるものである。
質量に対しては万有引力が働くように電気力に対しても同じように働き、その関係式は全く同じである※3。しかもクーロンはこの実験をキャベンディシュが万有引力の測定に使ったと同じようなねじり秤の装置を用いている。このようなマクロ的万有引力とミクロな電気力の類似性を物理学者はいまだ説明することができない※4。
管の中を液体が流れると抵抗があるように、導線の中を電流が流れると抵抗がある筈だ、とオームは考え実験を行った。そして「電流は起電力に比例し抵抗に反比例する」というオームの法則を発見する。これもまた文字が異なるだけで、(2)と形が同じである。
I = V/R ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
I : 電流(A:アンペア)、V : 電圧(V)、 R: 抵抗(Ω)
実験結果に基づいた公式であり、変数の数値範囲は自ずから限界がある。
以前は硫酸銀の溶液から一定量の銀を析出する電流とされていた。現在は 1948 年に制定された次の定義による。
「真空中に 1 m の間隔で平行に置かれた無限に細く無限に長い 2 本の直線状導体のそれぞれを流れ、これらの導体の長さ 1 m 毎に 2×10−7
N の力を及ぼし合う電流を 1 A(アンペア)とする」。
この場合の引き合う力は 次式により計算できる。
F = μ0 I1 I2 L / 2πr
無限云々などといわれていることをそのまま実現させようなどとしても無理な話である。実際は電磁気学の理論を使って有限の回路を設計し電流天秤等で電流を求める。
※1 樹脂の化石で、古くから装飾品に使われた貴重品であった。琥珀をギリシア護でエレクトルムといい、こ れがエレクトリシテイの語源である。
※2 正確には「電子に起因する荷電粒子の流れ」というべきである。
※3 万有引力の法則は F = G(mm'/r2)、クーロンの法則は F = k(qq'/r2)
※4 クーロンの法則の正しさは現在 109 乗レベルで確実とされている。
物体を摩擦すると熱くなる。摩擦することは力を加えて物を動かすことであり、運動をしていることである。この運動(仕事)と熱との関係は長らく不明のままであった。フロギストン説 ※1 を実験で否定したラボアジェでさえも熱を熱素という重さのない元素であると考えていた。しかし「熱の本質は運動である」ことをランフォードは大砲を作る際に発生する大量の熱から実証した。ついでデービー ※2 やカルノー ※3、マイヤー ※4 などの研究を経て、ついにジュール ※5 が熱の仕事当量を決定し、熱素説は終わる。
温度の高い物質と低い物質を共存させると温度は高い方から低い方に流れ、最終的に同じになる。決して逆は起こらず、時間とは違った意味で一方通行である。そしてその温度が伝わる方法には伝導、対流、輻射の三通りがある。(5 章 10 熱伝導率参照)
物質の温度が上昇するとそれが気体、液体、固体を問わず膨張する。そして物質によって膨張の程度が異なる。その膨張を利用して温度計とし、当然膨張率の大きい材料を選定する。1000 ℃ を超える高温には放射を利用する。
日常的には摂氏(℃)を使用するが、熱力学的(工学的)にはケルビン(K)を使用する。温度に上限はないが、下限はあって、それが絶対零度(−273.15 ℃)である。大きさゼロの物質が存在しないのと同じように、絶対温度がゼロという物質はない。物理的にはそこに限りなく近づくことができても、決して到達はできない。
時間の場合は点としての時刻が物理量にはなり得ないことは前述したが、温度の場合は物質の状態と関係するため1定点(温度レベル)としての温度、また温度間隔としての温度差(ΔT)の両方が物理量として使用される。いずれの場合も単位は(K)を用いる。
物体に熱量を与えると温度が上昇する。これが気体の場合は圧力上昇や体積が膨張する。それらは正確な比例関係にあり次の式で表される(ボイル・シャールの法則)
T = P V / nR ・・・・・・・・・・・・・(4)
P : 気体の圧力(Pa)、 V :気体の体積(m3)、 R : 気体定数、 T : 気体の温度(K)、n:物質量(モル) 通常、実在気体ではこの式からずれが生じるとされているが、多くの気体は常温常圧付近では 99 % 以上の精度で適合する。気体の種類により異なるが、少しずつずれてくるのは
107 Pa ( 100 気圧)以上からである。しかしアルゴンやヘリウムなどの気体はこの式にほぼ適合し、さらに完全に適合する気体を理想気体という。これは仮想上の気体であり(4)式に従い温度を下げていくと体積もゼロになる。そこを絶対零度(−273.15
℃)とし、摂氏と同じ目盛り間隔にしたものを絶対温度という。(2 章 1 節 気体の項 参照)
※1 1703 年シュタールが提唱、燃える物質には燃素(フロギストン)という粒子が含まれており、燃えるということは燃素が出て行くからとした。この間違った説はラヴォラジェに否定されるまで100年間続いた。
※2 氷と氷をこすることで氷をとかし、0℃より高い温度を得て、熱素が存在せず熱は運動であることを証明した。
※3 効率的な熱機関について研究、熱は形を変えた運動とした。
※4 生理学的研究からエネルギー保存の法則を提唱、気体の比熱比から熱の仕事当量の推定値を計算する。
※5 40年間に渡り、熱の仕事当量の精密測定に勢力を注ぐ。
あ 光のない真っ暗闇では何事も始まらず、すべての活動が封鎖されてしまう。故に人類の歴史をとおして、夜
や暗所を明るくする手段として、紀元前から長い間使用されてきたのは「ろうそく」(キャンドル)である。そして以前は、一本のロウソクの明かりを基本とした「燭(しよく)」※1 という光度の単位が決められたが、現在もこの精神が生かされて、それにほとんど等しい値として、カンデラ(cd)が制定されている。
重要ではあっても日常生活で厳密である必要はないためか、光度の測定器具は一般的でない。長さ、時間、重さ、温度、電流などの測定器具はどこでも入手できる。しかし光度は専門家に任せておけということか、光に関する測定器具も専門的であり、個人が測定してもあまり活用する場がない。
光は電磁波という大きな波長範囲(10−11〜107)m のなかで、わずか(3.8〜7.8)×10−7 m の範囲にしかない可視光線である。明るいとか暗いとかは純粋に人間の感覚であり、そこに物理的要素は入り込む余地はない。また可視光線の波長からはずれた電磁波はどれだけ強くても視覚で認識することができない。従って光度の単位は可視光線の範囲内で設定することになる。そのなかでも波長 5.5×10−7 m ※2 の黄緑色が最も人間の視覚に強く感じるので、この波長を用いそのエネルギー量で決める。光度の単位(cd)は人間の感覚を採用して決めた物理量であり、心理物理量といわれている。
以前は『1気圧のもとで完全黒体を加熱し、白金の融けだす温度(凝固点温度 = 2042 K)になった時、1 cm2 の平らな表面から放射される光の中の垂直方向の明るさの 1/60 』とされていた。しかしこれも再現性が悪く、現在は 1979 年に定義され次のようになっている。
「光の周波数 540×1012 Hz(波長 555 nm の緑色の光)において問題とする方向の放射強度が
1/683 (w/sr)である光源の特定方向への放射強度とする。」
これもまた素人には理解しにくい定義であるが、要するに光源(点に近い)が放出する光の強さである。これまで黒体の発光(連続した光)で定義していたのが、特定の波長についてのエネルギー単位となった。要するに単位立体角に放出される波長
555 nm の光が 1/683 (w/sr) の放射強度であるとき、これを 1 カンデラと定義する、ということである。温度によって決められていた光度が、波長とエネルギー量へと変
更された。右上の図の赤い矢印のように光線を 1 本の線と見立てその光の束(光束、ルーメン)で表現する。 現在の定義では、指向性のある光でも単位立体角当り(測定する位置)に
1/683 W の光が出ていれば良い。測定した方向(問題とする方向)と反対側を測定した場合、必ずしも同じ値にならなくてもよいということである。(放射強度その他光に関する単位は
3.8 を参照)
※1 燭は 1948 年以前の日本における光度の単位で、ロウソク1本程度の明るさである。1 燭 =1カンデラで ある。こ
のカンデラもキャンドル(ロウソク)に由来している。
※2 カンデラの定義中の540×1012 Hz がこの波長である。
紀元前4世紀ころ、デモクリトスが原子論を唱えてから約 2000 年を経て、ようやく1865 年ロシュミットが物質 1 モルの分子数(アボガドロ数)を見積もった。
現在の精密値 NA = 6.0221×1023 mol−1 とは桁が違っていたが、それは驚くべき大きな数であった。上記の値を仮に1秒間に 1000 個のスピードで数えたとしてなんと 2000 億年かかる。これではピンとこないので別の例を考える。地球全体を
1.8 L の容器で満たしてちょうど満杯になる数である。故に分子を直接数えるなど愚の骨頂、何か他の方法でなければNAの値は求められない。
「同じ圧力、同じ温度では、すべての気体の同体積中には同数個の分子が含まれる」というのが 1811 年アボガドロが提案した仮説である。しかし実験的根拠を欠いたこの説は痛烈な批判を受け、空想家のコジツケとされた。もちろん実際の数値など示されるはずもない。それから約50年、彼の弟子カニッツアーロがこの説を擁護することで日の目を見ることになる。ロシュミットが最初に挑戦して得た方法は分子運動論に基づくものであった。ついでレイリーが「空が青い」のは空気中の浮遊物質の影響であるとして NA を求めている。空の青さがアボガドロ数に関係するというのも驚きである。そしてアインシュタインはブラウン運動が水の分子運度に基づくことを理論的に説明し、その関係式からペランがNAを求めている。以後多くの人が NA 値を求めているが現在は X 線による結晶の解析から得られている。
原子、分子などを扱う化学部門において、グラム原子、規定度など様々な単位が使われていたものを統一する目的で導入されたのが次の定義によるmolという単位である。
「0.012 kg の炭素 12 の中に存在する原子の数と等しい要素粒子または要素粒子の集合体で構成された系の物質量」。初めて接する人には何とも理解しずらい文章である。物質を比較するのに質量でもなく体積でもない。同じ分子や原子の数で比較するということである。例えば
1 ダースは 12 個であるが、このダースで質量を比較するのに似ている。ゴルフボール 1 ダースと卓球ボール 1 ダースでは当然質量が異なる。このダースに相当するのが
mol と考えてよい。酸素原子 1 モル、窒素原子 1 モルといえば必然的に質量が決まる※1。そして炭素 12 の 0.012 kg の中に存在する原子の数がアボガドロ数 NA であるが、いちいちこの数を言う必要はない。野球のボール 1 ダースの質量はというように、酸素分子 1 mol なら 0.032 kg(32g)となる。ではなぜ炭素
12 なのか。水素原子の 0.001 kg(1g)とした方がスカッとするように思うが、これが歴史のなせるわざというべきか。※2
定義の中の「原子の数」というのはアボガドロ数 NA = 6.0221367×1023 であり、どんな原子や分子でもこれだけの数を集めた集団を 1 mol ということである。以上の事から、炭素12の一個の原子の質量は
0.012 kg / NA=1.9926×10−26 kg となる。
水素一個の場合は
0.001 kg / NA =1.66×10−27 kg であり、これが原子質量単位(u)である※3。
原子質量単位 u を 基準にする、つまり 1 とすれば当然 炭素原子は 12 となることは次の計算からわかる。 炭素原子1個の質量/水素原子1個の質量=
1.99×10−26 / 1.66×10−27 =11.98 ≒ 12 となる。
※1 原子量(周期律表に記載)や分子量にグラムをつけて表示する。
※2 化学者は同位体を含んだ自然の酸素原子の平均値を基準とし、物理学者は同位元素を分離し、純粋の酸素を基準としていた。どれが正しいなどという問題ではないが、酸素をやめて炭素を採択することで解決した。炭
素を 12 g としたために水素は 1.008 と端数がつくことになる。
※3 正確には u の値は 0.012/(NA×12)である。水素から求めるなら、0.001008/NA となる。
(P.330 原子質量単位も参照)
純粋に数学的な角度に関することが、ここにでてくるのか不思議である。ラジアンは m/m、ステラジアンは m2/m2 、実際は組立単位の無次元量である。
10 進法で統一すべき SI 単位であるが、時間と角度だけは 60 進法である。さすがに時間を 10 進法にするには使用者の抵抗が大きすぎる。ならばせめて角度だけはということか、SIでは平面角として、ラジアンを採用する。その定義は「円の周上でその半径の長さに等しい長さの弧を切り取る2本の半径の間に含まれる角」である。実用的には使い慣れた「度、分、秒」が分かりやすいので、SI単位と併用して良いことになっている。
1°=π/180 rad =0.01745 rad 、 πrad=180°、
1 rad=180/π=57.295 ?=rθ
全円周= 2π rad
弧度法とラジアン
rad は単位とされているが、無名数である。弧の長さ ? は ?=rθ
であり、r=5m、θ=2 rad であれば
?=5(m)×2(rad)=10(m・rad) となる。しかしこうはならず、rad は自動 的に消えて ?=10 (m)である。単位であれば消去されない限り計算結果に残らなければならない。単位と称しているが、無次元、無名数なのである。故に角速度ω(rad/s)であっても半径r(m)をかければ速度(m/s)になる。
υ=rω(m/s)であり、表面上の rad という文字は無視してよい。円の中心角とそれに対する弧の長さは比例する。これを表現し、半径と弧の長さが同じ場合を
1 rad と決めたのである。
ステラジアンは立体角の単位であるが、これまたわかりずらい。その定義は「球の半径を一辺とする正方形と等しい面積をその球の表面上でり取る立体角」となっている。これによると球の全立体角は次のようになる。球の表面積は
4πr2 であり、1 sr は r2 であるから全表面積を r2 で割ると 4πステラジアンとなる。
例題
日本の国土面積は 3.77×105 km2 である。地球の陸地面積は 3.77 sr である。地球の半径 を 6,400 km として、陸地面積に対して日本の国土は何 %
になるか。
【解】日本の国土面積は 3.77×105 / 6,4002 =0.0092 sr である。
故に (0.0092 sr /3.77 sr)×100 = 0.244 %
ちなみに地球の全表面積に対しては (0.0092/4π)×100 = 0.073 %となる。