8.1 蜂の巣を工場で作る 8.2 畑違いの用途 8.3 アルミハニカム 8.4 再び塩ビハニカム
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア 8.7 再びアルミハニカム 8.8 フィルター
8.9 サンドイッチ構造 8.10 我が立つところ深く掘らば・・・ コーヒータイム(9)上杉鷹山
執筆後記(第八章)
アルミハニカムがまだまだ開発途上の時期に、営業部長から新しい塩ビハニカム開発の打診があった。それは図8.35 のように「セルサイズ4 mm
、大きさは1辺500mmの立方体を200個、納期は今(1月)から1年8ケ月後、用途は石油タンカーのバラスト水の処理、油水分離装置の心臓部に使う、将来は大量の受注が見込めるから、これを受注できるか、同時に価格も決めろ」というのである。
従来のクーリングタワー用のハニカムはセルサイズが13 mmであり、その大きさは 図8.17 に示したように人手で展張できる小さなものである。今回のセルが4
mmでこの外形寸法では、設備や材料も全く新しく検討しなければならない。もちろんそういう設備などあるはずもなく、機械を設置する場所の余裕さえもない。従来の製品とセルの大きさを比較す
れば図8.36のようであり、難しさの程度は想像がつく。それでも私は数日で製法や設備費の概算をはじき出し価格も決めて、「できる」という返事をした。このハニカム一個を1万円とし、総額200万円、それでハニカムの材料費と、設備費はまかなえると考えた。新たな出費はないという私の返事をそのまま受け取り、なんと営業はこれを受注したのである。返事をした私も無謀だが、それを疑いもせず契約した営業部長もさらに無謀だと思う。このような新規の開発を伴う受注は重要事項な筈である。当社はこういう重要なことを担当者間で決めているのであり、これはまさに経営者不在ということでもある。たとえ判断を仰いでも返答できない経営者だから、すべてお任せなのである。無理に判断を仰げば「やめとけ」ということになる。今回営業が受注したのは私の「新たな費用は生じない」という一言であろう。いくら自由に物事を進めることができるとはいえ、予算外の出費は許可がいる。しかし営業の売上増加分で回収できる、出費はあってもプラマイ零、それで開発ができるのはこの上もない幸せである。
油水分離装置全体の設備費はハニカム代金の何十倍にもなるはずである。ハニカムはその心臓部だからそれがなければ装置として全く機能しない。代替品はないはずである。開発が成功するかしないかは未知数である。それでも先方が発注してきたのは、当社がそれだけ信用のおけるメーカーになったということか。
1 年 8 ヶ月もあればなんとかなる。成形法はすでに特許が確定した巻取り方式でよい。接着剤塗布装置はアルミハニカム開発の経験が生きるがさらに検討が必要である。だがハニカムの展張方法は見当もつかない。
経験上、フィルムの厚さは 0.06 mm とすると、この寸法で 1 個に使用する材料はせいぜい 7 kg 程度である。それが 1 万円では、材料費からすれば常識を越える価格であるが、開発品であり数量が少ないことからすれば逆に破格の安値でもある。総額
200 万、これでハニカムの材料と試作機くらいはまかなえる。こういうことを細かく検討しても製法の細部が未定だから意味がない。まさにどんぶり勘定だが、その是非は別問題、「やってみる」という意志表示をし、後は前進あるのみである。
「将来の大量受注」に期待して、是非とも完遂させなければならない。将来の見込みがあるからといっても、それで開発資金がでるわけではない。将来の見込みを真に受けて何回も痛い目にあっているからである。
しかし資金がないからと開発を断念していては何もできない。こういう話に乗らなければチャンスはおとずれない。前途多難、難問山積ではあるけれど、「なんとかなる」という気持ち、不思議と落ち着いた心境である。なぜかというに今回は、納期、仕様、数量、価格等が明確だからである。それに引き替え「何かやれ」といわれる場合、何をやるかの選択肢は非常に多くまたそれを決めたとしても、その規格や数量、時期などを決めるのは大きなエネルギーを要する。今回はそれらから解放されており、すべてのエネルギーは明確な目標達成に向けられるからである。道筋はわからないが、目標は遠くにはっきり見えている。暗やみの中で捜し物をする状況とは大きく異なるのであった。
「こういうものを作る」と部下につげると皆仰天した。図8.36に見るようにこれまでのハニカムのセルサイズと比較すれば無理もない。全体の寸法の違いにもびっくりするのは当然である。しかも期間が決められている。この時期部下は
5 人 になっていた。だが大卒の技術者など手当できる状況ではなかったから、彼らはおよそ開発行為など縁のない人達である。だからどうやって作るか、その方法から、機械からあらゆる思考はすべて私一人である。そして開発だけでなく機械の製作も商品の生産もこの開発部隊で引き受けるのである。このような開発の形態、つまりゼロから初め人員も生産体制も整え、時には営業まで行う。大げさにいえばゼロから初めて一つの事業部を立ち上げる、そんな形態の部署になる片鱗がすでに始まっていたのである。
クーリングタワー用の場合接着剤線の幅は7 mm 程度であるが、今回は1.6 mm になる。従来の塩ビハニカムは巻取りと同時に仮接着し、ドラムからはずして軽く熱プレスすれば最終的に接着が完了する。それが巻取り式の最大の特徴である。だがこの方式では、接着剤線が塗布したときより線幅が広くなる。特に図8.12において圧着ロールは必須なのであるが、このロールのためにドラムの頂点部分が特に広がりが大きい。こういう状況を防ぐには塗布量の調節と乾燥の度合いが重要になる。接着剤を完全に乾燥すれば広がりはないがそれでは接着しない。接着させるためにはわずか粘着性を残しておかなければならない。前述したように接着剤にトリクロルベンゼンを添加すれば、指触乾燥程度で片面接着は可能である。しかしそれにはある接着剤量が必要であり、線が細くなればそれだけ絶対量が少なくなる。これらの条件を考慮して試作するのであるが、設備がないから手作業にならざるを得ない。しかしその最初の手作りの方法や道具さえ試行錯誤となるのである。
いろいろと道具を工夫して手のひらに乗る程度の小さなサンプルができたのは1年後であった。そしてようやく機械の設計が始まる。機械を設置する場所は雪解けをまって、20坪のプレハブを建てることにした。
展張する方法も人力では絶対に無理であり、どうしても機械が必要である。しかしハニカムブロックができるのは順調にいって6月半ばである。それから実験をして設計し機械を製作するのでは8月の納品など絶対に間に合わない。実物大のブロックができるのを待っていられない。だから手のひらに乗る程度のサンプルから、想定して展張機械を設計する。サンプルの大きさと比較すれば実際の大きさはまさに1000倍の大きさになる。それを想像して設計するのである。それでもなんとか設計らしきことができたのは、経験が生きたと言うことである。セルサイズは違っても塩ビは塩ビである。
接着剤線の幅だけでなく積層したときの相互の位置も正確でなければならない。それを制御するには蛇行防止装置(エッジコントロール)が絶対に必要である。蛇行防止装置とはシート類を走行させた場合、左右に揺れるのを防ぎ真っ直ぐ進むようにする装置である。しかし市販のエッジコントロールは高価であり、それだけで予定の設備費の大半が消費されてしまう。それをどうするかである。安上がりの方法として、すでに工場で生産している13mmセルのハニカムの場合は、図8.37のように、フィルムをその幅に合わせた隙間が1
mm 程度のスリットに通すと、そのスリットの位置で固定され横ぶれはかなり防げる。完全ではないけれどセルが大きい場合はこの程度でも十分なのである。しかし4
mm セルとなるとこれでは全然だめである。この方法を活かして精度を上げるにはフィルムがスリットに入る前の張力(テンション)をゼロに近くすることである。原料ロールから引き出すだけでフィルムにはテンションがかかり、フィルムはスリット内で折れ曲がり、こういう方式は用を為さなくなる。
張力をゼロに近くするためにフィルムを図8.38のように小型モーターによる駆動ローラーで引っ張り出す。機械の巻き取り速度より、若干早くなるように設定するとフィルムは堆積箱に貯まる。それが重くなるとリミットスイッチが働いてモーターは停止する。堆積フィルムが少なくなるとリミットスイッチが解放されてモーターが動く。フィルムは堆積箱に間欠的に送られるが、引き出す方は一定速度であり、且つほとんどテンションはかからない。この結果フィルムはスリットの固定された位置にそって正確に引き出されることになる。全体の速度が遅いからこの程度で十分効果を発揮する。これらは機械加工の部品以外はすべて手作りであり、殆ど苦にならない費用で準備できた。一見まやかしのようであるが、こうでもしなければ、少ない費用でまかないきれないのである。
このハニカムの開発で一番の問題は展張方法である。これまでの経験から展張後の大きさは2000(長さ)×500×500を想定しこれから製品サイズを4個取りにする。この場合問題にすべき要点は次のことである。
ハニカムは図8.39のように展張前より後では狭くなる。寸法が小さい場合は大して問題ではないが、今回のように650 mm にもなると、この差は大きい。図8.20の手鈎に代わるものがあったとして、それが展張と同時に幅方向が収縮しないとすればロス部分は無視できない。しかし手鈎に代わるものとして、長く細い金属棒などを折畳状態のブロックに突き刺すなど不可能である。この方法は論外である。
セルサイズが4mm になると温水につけて引き上げても、水は全く抜けない。毛細管現象が生じて水を抱き込み、前記の大きさでは 500kgの重さになる。コンプレッサーのエアーで吹き付けても時間がかかるだけでこれは問題外。温水は使用できないとすれば熱風を吹き付けることも考えられる。しかしこれも通風抵抗が大きすぎて、均一な加熱は全く期待できない。残った方法はブロックの状態でホットプレスで加熱しこれを展張して冷却する。この場合加熱されたブロックを短時間で手鈎に代わるものを取り付ける必要がある。温度が下がらないうちにすみやかな作業ができなければならない。展張後の冷却は自然冷却でもよい。
このことを基本として展張方法を構築したのが次の方法である。ドラムから外し、両端を断裁機で切断した状態が図 8.40がである。このブロックの両面にゴム系接着剤を塗布し乾燥する。その上に離型フィルムを乗せてホットプレスで加熱する。一方
図8.41 の展張機械のフレームに発泡体を取付け、それにも同じ接着剤を塗布する。ブロックが所定の温度(70℃)に達したら、解圧し、離型フィルムをはがし、展張機械に取り付ける。フレームを近づけ圧締すると、ブロックの熱でゴム系接着剤は活性化し、発泡体に接着する。速やかにこの作業を行い、今度はフレームを開くとブロックは展張されると同時にそれが接着した発泡体は幅方向に収縮し、展張後の状態は図示(2)したようになる。展張して冷却後発泡体とハニカムの接着面を切断する。発泡体に残ったハニカムは熱をかけながらはぎ取るともとの状態になる。以後同じ作業を繰り返して展張作業を続ける。この方法で展張による両端のロスは1から2%
にすることができる。
機械の組立が終わり、試運転を始めたのは 5 月の花見頃、だが製品ができるかどうかは全く見通しが立たなかった。余裕をみて発注した材料は製品ができないまま底をつき、再度追加注文をする。この時点ですでに機械だけはただになるという虫のいいもくろみが狂ってしまった。
納期が迫っていた。人手がたりない。心が張り裂けそうであった。ハニカムブロックの製作はロスを出しながらでも何とか自分の部署でできる。だがやはり展張につまずいた。方法に間違いはないのだが、検討時間が短すぎた。機械の不具合が多すぎて、考えた通りにはなってくれない。もう人海戦術しかない。ときたまたま工場はヒマであり、総出で手伝ってくれた。だがせっかく展張したものが、時間をおくと縮んでしまう。原因は展張時の温度が低い(70℃以下)ためである。展張機に取付け発泡体に接着するのに手間取ると、温度が下がる。取り付けてしまったものは元に戻せないから無理矢理でも展張せざるを得ず、展張状態で再度加熱するしかない。その場合温水をかけるのが唯一の加熱手段である。これらの作業は前述したようにもっともまずい方法である。そしてハニカムに含んだ温水をエアーで吹き飛ばす、目を覆いたくなる作業であり、時間ばかりかかり、ロスも出る。このような作業では所定の温度を与えるのが極めて難しい。何回も何回も温水をかける。こんな作業を続けながら、不良品にしたいようなものまで、心を痛めながら製品にし、何とか納期は間に合わせた。
納品に際しては現地での充填立ち会いを要求された。充填とは直径 2 m の鋼管を横にして置きその内部を右図のように 500 mm の格子状に仕切った枠(奥行き
1.5 m、3 個連結)にハニカムを挿入する作業である。当然ハニカムのセルも水平方向になる。円周の部分は切断が必要で、そのための道具を用意するよう依頼された。現場にハニカムが到着し、ダンボールを開梱してみて驚いた。
縮んでいる! 正確に 500 角に切断したものが、480×520 のような長方形になっているのだ。やっぱりというべきか、展張工程の不備がもろに表れた感じである。このままでは充填は不可能であり、長い部分は切断し寸法の足りない部分はつぎ足すしかない。二つセットにして挿入することになるが、充填してしまうと継ぎ目はわからなくなる。しかしそれでは数が足りない!
どうしよう 今更追加など不可能である。がしばらく考えて安堵した。オーダーを受けた数量は当然ながら2 m の正方形を想定しての数である。完全な修正を必要とするのは図の中央部の
4 個だけである。これは外側の四角形の角から切り落とす 4 個から補充でき、そのほかの部分も捨てる部分から何とかなる。問題は修正作業である。必ず切断が伴うから作業員は先方で予定していた。必要な人数を問われたので、製品に不具合があることを内緒にして多めの人数を要求した。ハニカムは竹と同じように縦方向の切断は簡単であり、大きな包丁も用意していたから思い通りの作業ができた。現場は清水港の海岸(砂浜)である。時は真夏、小さなプレハブ以外に太陽を遮るものは何もない。炎天の中、単なる立ち会いの筈がくたくたに疲れた
3 日間であった。
納品が終わった後、最初に意図した通りに展張機を改良した。時間もあり、なにより検討するための実物がある。加熱したブロックを引き延ばすという基本的方法は変わらない。スムーズに展張し
500 角の規格サイズを作るのだが、しかし思うようにはいかない。クーリングタワー用の塩ビハニカムの展張とは訳が違う。温水の中での展張と、加温されたものを空気中で展張するのとではやはり根本的な違いがある。それでも試行錯誤を繰り返し、ロスもなく能率的な方法を発見した。展張後、長期間放置しても
もう縮む事はない。成型機にも改良を加え、何時オーダーがきても良いと、手ぐすね引いて待っていたが、以後2回、2年間に同じ量のオーダーが来ただけでストップしてしまった。せっかくの展張機もお蔵入りである。特定のユーザーへの特殊な用途であるから、他のユーザーが見つかる
筈もない。将来の大量受注は夢に終わった。
しかしこのセルの小さい塩ビハニカムは形を変えて(図8.43)、札幌工場の主力製品に成長していったのである。もちろん生産機械も整備し、蛇行防止装置その他も手作りではなく、本格的な市販品を取り入れた。成型法の基本は当社の特許によるが改良に改良を重ねた。接着剤も市販品を購入し、さらに当社独自の工夫をこらした配合による門外不出のものとなった。新しい用途の製品サイズは薄く小さくなり、展張は人力で事足り、その方が能率がよく、精度も悪くない。せっかく苦労して開発した、多分世界でも最初で最後の独特の展張機はお蔵入りとなり消滅し、500×500×500サイズ(図8-35)の製品は作れなくなった。
そして昭和48年、ライバル K 社と当社の合併が決まった。親会社が同じだから当然の成り行きである。
社名も新日本コア株式会社となった。それなら「研究室」の名称では具合が悪い。私は「技術開発部」に変更したいと申し出た。自分の部署の名前である。誰も真剣に考えてくれるわけではない。将来を見越してどういう名前がふさわしいかを自分で決めるしかない。いつまでも研究室や研究室長ではあるまい。
「研究室長では不満か、おまえは部長と呼ばれたいのだな」「そうです」「そうか、じゃそうしろ」。
当時の上司は役人上がりの取締役工場長であり、素直に聞き入れてくれた。「研究室」と「技術開発部」とではその印象に雲泥の差があるであろう。合併に便乗した名称変更だが、昇格でもなんでもない。
だが「名は体を現わす」との思いは強かったのである。