8.1 蜂の巣を工場で作る 8.2 畑違いの用途 8.3 アルミハニカム 8.4 再び塩ビハニカム
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア 8.7 再びアルミハニカム 8.8 フィルター 8.9 サンドイッチ構造8.10 我が立つところ深く掘らば・・・ コーヒータイム(9)上杉鷹山 執筆後記(第八章)
昭和34年(1959)は不況の年であった。卒業はしたけれど職がなく、私は故郷の田舎で悶々としていた。6月も過ぎたある日、母校の紹介で入社試験を札幌で受けた。前年(33年)にできたばかりの日本ハニコームボード工業株式会社という長い名前の会社である(以後
N 社とする。現 新日本フエザーコア株式会社)。工場は建設中であり秋に操業開始ということであった。このとき「こういうものを作るのだ」と見せられたのが
図8.1 の写真である。軽くて丈夫な構造材料を作るためのサンドイッチパネルの中芯材である。材料は紙(ダンボールの材料)であり、樹脂加工して成形したものだ。しかしこれは北海道林業指導所(現北海道林産試験場)で製造したものであり、道庁の特許製品である。しかし実際の生産は
図8.2 のペーパーハニカムを米国ダラス航空機(現 ボーイング社)と技術提携して作り、ロールコアはいずれ時期を見て製造する予定ということである。N
社は資本金 9千万円、その多くは北海道庁が受け持った。(当時、大卒の初任給は 1万3,800 円が標準であった)。 ペーパーハニカムの技術など当時の日本にあるはずもなく、それは
100 % 米国ダグラス航空機の技術による。生産設備はすべて同社のものをそっくりまねして三菱重工業横浜造船所が作る。販売代理店は三井物産、安宅産業(現在は存在しない)、伊藤忠商事が分担した。主たる原料は国策パルプ(現日本製紙)と大日本インキから購入する。経営者は社長が(元)道庁の高級役人、製造部長、販売部長、総務部長等は有力企業からの転職、そしてロールコアの発明者〔(前)林業指導所職員、以後R氏とする〕も私の直接の上司として入社、まさに堂々たる体制である。ロールコアについてはすでに林産試験場において試作機を作り少量であるが、実際に家具や建具用途に販売もしていたものである。だからこれを企業化するのは難しいことではなかった筈であるが、「隣の花は赤い」ということか、国産技術よりアメリカの技術を採用したのである。しかしこの商品を作るのも売るのも、買う方もすべて初体験なのである。全く未知の世界への船出であった。
ロールコアを見せられたときは面白い製品だと思った。このコアの両面にアルミ板やプラスチック板等を貼り、軽くて剛性のあるサンドイッチ板ができる(右写真)。航空機には必須の構造材料であり、現にダグラス社が自社で使用している。それを日本で商売にしようというわけである。しかし日本では航空機など生産していない。ハニカムは空ではなく陸に向けなければならない。しかしそこでは軽いというメリットはあまり重要視されない。第一のつまずきである。航空機以外とすれば、建築構造材としてドア、間仕切り、壁材、家具建具そして車両、船舶、などである。しかし費用と手間を掛けて多少軽くなった所でメリットはない。ましてハニカムの使用法、つまりサンドイッチにする二次加工法をハニカムの供給サイド(当社)で指導しなければならない。しかしハニカムを作ることでさえ初体験なのに二次加工法の技術など持ち合わせていない。もちろんダグラス社のマニュアルは航空機向けである。しかも技術資料はすべて英文であり、加えて単位はすべてインチ、ポンドである。それらは
ASTM とか MIL 規格等の高級仕様に基づくものであり、家具建具のような低級なものと最初からレベルが違う。英文を訳せる人は当社には誰もいないし、たとえ訳せたとしても当面は役に立たない。体裁は整えたけれど、前途多難、何かが欠けている。そう「魚がいないところに高い餌をつけて釣り糸を垂れている」ようなものである。こういう会社を作ってしまった裏には、大義名分があった。それは木材資源の有効活用というものである。これは当時の田中敏文知事の選挙公約でもあったらしい。この時代はホモゲン、ランバー、積層合板、無垢の木材などが軽量化の対象とされた。しかしサンドイッチ構造は理想的ではあっても、それは価格的に太刀打ちできなかった。理想と現実のギャップは大きかったのである。
ハニカムの用途はサンドイッチ構造の中芯材として開発されたものである。そのサンドイッチ構造とは 図 8.3(1)に示すように表面材(金属板、合板、樹脂板等)に接着剤を塗布し、ハニカムを中芯として一体化し軽量な構造材を得るものである。これだけなら簡単なのであるが、ドアーや間仕切りなど実際の製品とするには、中芯材以外に必ず
図8.3(2)のように枠材を一緒に接着することになる。後からの縁加工も可能であるが、多くは中芯との同時接着による。これはかなり技術的に面倒であり、他の材料よりコストアップをまねき、ハニカムが航空機以外への普及の妨げになった原因の一つである。
ハニカムの製法は誰が考えても基本的には同じような方法になる。図 8.4 @ のように素材である紙の両面に線状に接着剤を塗布したものを積層し、接着する。それをAのように展張するとBのようなハニカムになる。原理は簡単で変えようがないのであるが、実際に製作するとなると数多くの方法があり、材料によっては装置も大幅に異なってくる。BにおいてWを幅といい、Lは長さである。S
はセルサイズ、Nは接着剤線の幅である。深さ方向を高さまたは厚さという。これらの寸法表示法は以後の文章を理解する上で必要なことなので記憶におかれたい。
原料はクラフト紙である。この当時のハニカムの材質はペーパーとアルミ箔しかなく、ダグラス社はペーパーだけである。その特許製法は図 8.5 による。まず原紙の両面に水溶性のフェノール系接着剤を塗布し、これをドライヤーで完全に乾燥する。ついで切断部で回転カッターで切れ目を入れ回転羽根で折りたたむ。数百枚になった折畳品に湿気を与え、高周波加熱装置(図8.6)で圧締と同時に加熱(130〜140℃)し接着する。接着が完了した製品(これをブロックと称する)が図8.7の@である。このブロックを機械で展張し、型枠に入れて固定する。機械といってもブロックの両端を挟み動力で引っ張るだけ、それらの操作はすべて人力である。その状態でアルコール溶性フェノール樹脂を含浸し、大げさな乾燥と加熱装置で樹脂を硬化する。型枠から外すとAの寸法の樹脂含浸ハニカムとなる。なぜこんな中途半端な寸法かというと、製法上の制約にもよるが、インチサイズをそのままメートルに置き換えたことにもよる。使用上極めて不都合な寸法なのである。Aのハニカムをさらに必要な厚さに帯鋸で切断して、使用可能な製品としてのハニカムにする。


ハニカム成型機の試運転が始まったが、すんなり生産ということにはならなかった。素人ばかりであり、運転のマニュアルもない。機械メーカーも一緒になっての試行錯誤、悪戦苦闘が数ヶ月続いても製品はできなかった。紙の両面に接着剤を塗布しこれを乾燥するために、図
8.5 に見るようにたくさんのローラーを介してドライヤーを通過する。乾燥前の接着剤はローラーに触れると、接着剤が乱れローラーに付着しトラブルのもとになる。故にローラーにはすべて図8.8
のように接着剤を逃げるための溝が切ってある。この設備には自動の蛇行防止装置(エッジコントロール)が設置されていない。それぞれのローラーの軸受けにネジ式(手動)の調整器がついているだけである。蛇行が始まるとドライヤーの扉をあけ調整するという何とも原始的なものである。ドアをあければ当然熱風が吹き出すので手早くやらなければならない。蛇行が始まればこれを操作しても蛇行は止まらない。それは接着剤線が溝からはずれると、当然ローラーに触れる。すると接着剤が削り取られ、それが増えていき紙とローラーはさらに粘着し、位置修正が効かなくなるからである。しかしダグラス社も全く同じ仕様の機械で生産しているのであり、日本でできない筈はない。原紙の設計速度は
約 60 m/min であるが、初めてのためにこのときはおそるおそる半分程度の速度で運転していた。1ヶ月分の原紙を使い果たしても、うまくいかないので業を煮やした成型係長はやけくそになって、スピードをいきなり所定の
60 m/min に上げた。なんとそれまでの蛇行が嘘のように消えて順調に流れだしたのである。そして何とか最終工程までたどり着いたが、慣れるに従いダグラス式の製法全体に対する疑問はだんだんと増加していったのである。
生産が可能になったとはいえ、トラブルは続いた。図8.9における折目を付けるための回転カッターが、正常に機能を発揮しない。折畳するためにはバラバラになってはいけないので3
mmほどの切れのこりを幅方向に4カ所ほど残す。そのためにその部分の刃を切り欠いてあり、それにより折畳のための折り曲げが簡単になる。このカッターは図
8.9のように鋼材の刃受と刃とが強力なバネで押圧される構造である。回転ロールでこの構造は極めて難しい。ロールは高精度の真円でなければならず、軸受けの精度にも気を配り、振動で誤差が生じてもいけない。理論的に刃受けと刃の隙間がゼロなら紙は切断されて、刃には何も影響がなく長持ちする。しかしこれらの精度には限界があるから、ナイフロールには強力なコイルスプリングをつけて圧力をかける。そのため堅い刃受けに刃が押しつけられ刃は消耗し、長持ちせず切れが悪くなる。切れが悪いと折畳ができなくなり、切れすぎるとバラバラになる。ドライヤーから出たすぐの紙は温度が高くそれによってナイフロールは熱膨張し、それによってせっかくの調節が狂ってしまう。また静電気によって紙がロールに巻き付いてしまうというトラブルも起こる。切れないから圧力をかける、それでさらに刃が丸くなるという悪循環が起きる。これらの調整には超熟練を要する。紙一枚の切断になぜこんな難しいことをしなければいけないのであろうか。紙と紙を接着するのは最も簡単なことである。それが構造材であるが故に、また航空機に使用するがために、フェノール樹脂を使用するというのである。そのためややこしい工程になる。しかし本当にフェノール樹脂でなければならないのか。紙と紙なら接着剤を塗布してすぐ圧着すれば終了というのが常識である。乾燥など必要ないし常温でよい。高性能を要求しなければ接着剤は安価な酢酸ビニール系でよい。相手が紙である以上接着剤だけ性能を良くしても片手落ちである。日本で航空機の用途など何年先のことか。つまり接着剤を乾燥させるということが複雑な工程にしていることになる。熱風により紙は収縮し、接着剤で濡らされた部分はさらに収縮する。乾燥したままでは高周波加熱は不可能だからまた水分を与える。乾燥したために高圧、高温、長時間が必要になる。これはまた紙の劣化を促進する。接着剤を乾燥するということが諸悪の根源になっているのであり、この製法の大きな欠点である。
トラブル続きであるが、販売不振が続いているから、製品ができなくても供給面では問題はない。そんななかで、開店休業状態だから従業員はやむを得ず工場敷地の草取りをさせられる。そして直接の上司であった
R 氏は会社が同氏の発明であるロールコアをなかなか生産しないことに業を煮やし、会社をやめ自分で作ることにした。K 社という名のベンチャー企業を立ち上げ、当社のライバルとなった。一方、会社では売れる製品にするために、少しでも安くということで、樹脂含浸を省略し無処理の紙だけによるハニカムの開発を進めた。開発といっても含浸工程を省くだけであり、そのため最終工程の厚さを決める切断方法の検討が必要になる。樹脂含浸すると
図 8.7A のような展張状態で帯鋸で切断す
るのであるが、含浸を省略すると展張工程は不要となりブロック状態での切断になる。この状態では鋸では切断できず、図8.10 のような製本用の断裁機によらなければならない。展張前のハニカム(何百枚と積層された紙)を一回でスパッと切ってしまうスゴイ機械を初めて見た。これを見て思ったのである。ハニカム成型機で一枚一枚切っているなんてチョロクサイ。この断裁機のようにならないものか。そうすれば回転刃などいらないし、トラブルもない筈だ。そうだ巻き取ればいいのだ、巻き取ってしまえば、まとめて切断ができる。いいアイデアだと思ったが試作してみてがっかりした。これでは図8.11の(2)のようになってハニカムにならない。ダグラス式で折り畳んでいるのには理由があったのである。冷静に考えれば気がつく程度のものであるが、数日間考えた後次のことに気がついた。巻取りした場合に、折畳したのと同じ図8.11(1)にするには、二枚の紙を同時に巻き取ればよい。折りたたむということは、一枚おきに同じものを挟んでいるのである。だから2枚同時に巻き取る。ただしこの場合、二枚の内の一枚は図8.11(3)のように接着剤を全く塗布しなくてもよい。(1)と(3)は全く同じことなのである。これが新しいハニカム成型法の基本である。これを実際に実行したらどうなるかをダグラス式の経験からその優劣を検討してみた。そしてその構想図が図8.12
である。
最も大きな違いは、角ドラムに巻取ることで接着が完了してしまうことである。ダグラス式では後の操作上接着剤が乾燥していることが必須条件であり、そのため乾燥した接着剤を再活性して接着するために、高温、高圧を
必要とし、それらの作業はすべて手作業による。ダグラス式のもう一つの大きな欠点は高周波加熱のため、図8.6のように電極板の距離を大きく取れないからブロックの高さが160
mm などと制限される。この高さを任意の厚さに切断して製品にするために、歩留まりが悪い。厚さによっては数十%も端数として捨てなければならなくなる。ブロックの高さは大きいほど歩留まりは良く、巻取り式の場合、ブロック高さはダグラス式の数倍は可能である。さらに大きな差は、生産能力が格段に違う。ハンドリングはドラムから巻取品を取り外すときに角の頂点で切断することになるが、原紙を2枚同時に処理するのでこれだけで紙の走行速度は
2倍になる。巻取り品をドラムから外したときのハニカムブロックは 図8.13 のようになる。両端の三角部分はロスになるが全体からすればせいぜい
5 % 以内である。この新しい方式は接着剤を半乾きとするために乾燥する。接着剤は粘度が低くなければ塗布が難しい。粘度が低いために塗布してすぐ積層したのでは接着剤が広がり乱れて線状ではなくなる。圧を掛けても広がらない程度に水分を蒸発させるために予備乾燥は必須である。巻取れば接着が完了すると言うより強力な粘着力で積層品はドラムより外してもバラバラにならず、常温で放置しておくだけで接着が完了する。これらの機械の構想はすべて架空のものである。多分こうなるであろうということを想定し、手作りの小さなサンプルを試作して考えたものである。ただし巻取りドラムに付属している圧着ロール(図8.12)は、この時点では思い付かなかったもので、後に実際に機械化したときに必須のものとなり、その時点で別に実用新案として出願し登録されたものである。
この構想を当時の直接の上司(R氏は退社したから取締役が上司になっていた)に説明すると「これは面白い、早速特許出願しよう」ということになった。図8.12の構想を図と文書にして渡すと、何日か後に弁理士が書いた出願書類について意見を求められた。それには常識を越える大円の巻取りドラムが追加されていた。実現性はないように思えたが、防衛的意味もあるというのでそのまま出願手続きを行ってもらった。
この製法が後に会社の危機を救う重要な特許になることなどこのときは微塵も考えていなかった。
出願後、忘れた頃に拒絶理由通知書が来た。すでにS社の先願があるというのである。それは2枚のシートを同時に走行させ、図8.14のように巻き取るというのである。特許の題名は「ハニカム重積法」とか言うものであった。巻取りドラムは円形であり、しかも接着剤を完全に乾燥する方式である。そこには巻取りと同時に接着するというアイデアは全く記されていない。それで先に出願した内容から、あの追加した大円を削除し補正手続きを行った。このS社は
アメリカのハニカムメーカーの製法によりアルミハニカムの生産を開始していた。その製法は図 8.14-1 に示した方式である。なんとこれは2枚のシートを同時に切断して積層するのであり、原理的には巻取るのと同じではないか。2枚必要なことが分かっていれば巻き取り方式を思いつくのは容易である。だがアルミハニカムの場合は、後に述べるが、接着剤の完全乾燥は絶対に必要なのである。せっかく巻取り方式を思いつきながら、接着剤の乾燥にこだわり、同時接着というメリットを見逃し、S社には角ドラムという発想が浮かばなかったのであろう。ただひとこと角ドラムも使用できるとしておけば、当社の特許出願は拒絶査定され登録にはいたらなかったかも知れない(詳しくは8.2.10参照)。しかしながら、S社の特許「ハニカム重積法」を無償で提供しても誰もこれを使用する人はいないであろう。前述したようにペーパーハニカムで接着剤を乾燥するのは愚の骨頂、諸悪の根源、メリットは何もないからである。
