8.1 蜂の巣を工場で作る 8.2 畑違いの用途 8.3 アルミハニカム 8.4 再び塩ビハニカム
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア 8.7 再びアルミハニカム 8.8 フィルター
8.9 サンドイッチ構造 8.10 我が立つところ深く掘らば・・・ コーヒータイム(9)上杉鷹山
執筆後記(第八章)
販売不振が続いている中で、営業はハニカムの全く畑違いの用途を見つけてきた。クーリングタワー(冷却塔)の充填材である。しかも使用するハニカムは樹脂含浸したものであり当社の最上級のものである。冷却塔は冷凍機から送られてくる30℃前後の温水を放熱して温度を下げ、再び冷凍機に戻す役割を果たすものである。その構造は図8.15
のようであり、円形のFRPケース内にハニカムを充填し、その上部より温水を散布し下から空気を吸い上げて冷却する方式である。この冷却塔メーカー(以後E社とする)はちょうどこの時期(昭和37年)、日本で最初のFRP製ボトルタイプ(向流式冷却塔)の販売を開始したときであった。
ハニカムは図8.7 @ を幅方向に3等分すると図8.16の大きさになり、これを現場で展張すると、図8.17のようになる。これを垂直に立ち上がった送水パイプを中心にして円形に充填していくのである。本来の用途であるサンドイッチ構造の中芯材が全く不振のなかでこの用途は大ヒットであった。この販売量は徐々に増えて、これだけで経営的に一息つくことになる。だが一社への依存は、そこがコケれば共倒れになる。早く本来の用途で経営の安定をと願っても、これはなかなか進まない。
そしてある冬の時期に事件が起きた。あるビルの屋上に設置したクーリングタワーに焼却炉から飛び火しハニカムが燃えたのである。新聞は「ビルの屋上は危険がいっぱい」などと書きたてた。これをきっかけにして、E社は「ハニカムを難燃処理して欲しい」といいいだした。冬季には当然、クーリングタワーを運転しないから、ハニカムは乾燥している。そんなところへ火の粉が飛べば火災になるのは当たり前、ハニカムの難燃化より先にすることがあるだろうと思うのだが、「たっての申し入れである」。やむなく難燃化の検討を始める。当時の難燃化は薬品を水に溶かしハニカムをどぶづけし乾燥するだけであり、これしか方法がないのである。しかしこの方法で難燃処理したハニカムは水につけると、あっという間に効果がなくなってしまう。薬品が水に溶けだしてしまうからである。よい薬品はないかと探しているとき、それまでと全く違うタイプの難燃剤を見つけた。
それは濃塩酸と同じ性状であり、ハニカムをドブづけするのである。強酸であるから浸せき後圧力をかけて絞り余分の液を除く。それを今度はアンモニア溶液につけて中和する。それをさらに水洗し絞って乾燥すれば、これで難燃化処理されたハニカムになる。これは1週間水につけても難燃性は持続していた。だがこんな面倒な処理は現実ばなれしている。しかしこれより他に方法がない。よしこれで行こう。工程は増え、薬品代もバカにならない。それでも価格は同じだがしかたない。E社の了承を得て生産をはじめた。急ごしらえのタンクやプレス等を具えた原始的な作業である。しかしこれは現在ならとうてい許可されないひどい仕事であった。工場内にアンモニアの臭いが充満し、排風してもあまり効果はない。何しろ濃厚なアンモニア溶液のタンクのそばでの仕事だから、作業員は気が狂いそうであった。しかしこれはあまり効果ないけれどもマスクなどをしてでも続けるしかない。そしてこの生産が曲がりなりにも軌道に乗りかかった頃である。社長は「このハニカムは赤字だ」といいだした。
そんなはずはない。それならこの製品は売らない方がいいのか。「いや、それは困る、赤字でも売れた方がいい」。一体どういうことなのだ。原価計算の仕方がおかしいのではないか。それを調べようとして、見つけた本が『原価計算であなたの会社は損をする』(一倉 定 著)であった。「なんで私が原価計算まで」と思いながら、この本によって知ったことは、全部原価計算と直接原価計算の適用の仕方を間違えていたということである。全部原価計算は決算資料として法的に決められた計算法で、企業の経営判断資料としては殆ど役に立たない。当時はしかし多くの企業が経営判断に全部原価計算法を採用していたと思われる。だから先ほどの表題のような書籍が必要になるのである。商品単独の利益を知るためには直接原価計算でなければならない。難燃処理したハニカムが絶対に赤字でないことを社長に説明してから、当社では経営判断としての原価計算の方式を変更した。それからは「限界利益」という考え方が当社の経理では常識となったが、対外的にはその言葉自体が不思議がられたものである。(原価計算については第7章3節 参照のこと)
赤字、赤字と言われたので、生産工程もチェックしてみた。アルコール溶性のフェノール樹脂を含浸硬化するのでそのための装置がある。この硬化装置には熱風が循環する途中にシャワー装置があり、運転中は常に作動している。これは爆発の危険があるメチルアルコール(フェノール樹脂を溶かしている溶剤)を水に吸収させるためのものである。製品が通過する上部には火災に備えて炭酸ガス噴射ノズルがついた大げさなものである。このシャワーのために重油の消費が大きくなる。さらに熱風中のメチルアルコールを検出するための計器もあるが、それは常にゼロ以下のマイナスを示している。これが不思議であった。それで製品により炉内に投入されるアルコール量と俳風ファンの容量とを比較してみた。考え得る最大濃度を計算してもメチルアルコールの爆発限界※1にはほど遠いのである。俳風ファンが停止しておれば、製品を送り込むコンベアーは動かないようになっている。どういう誤った操作をしたら、危険状態になるかが想定できないのである。これは考えすぎの無駄な設備ではないか。物質収支がなっていない。単なるダグラス社仕様そっくりの物まね、日本の機械メーカーは何も検討しなかったということになる。私は独断でシャワーのポンプを止めて運転した。重油の消費量が大幅に減ったのはいうまでもない。もちろんアルコール検出器の目盛りに何の変動もなかった。
こんな苦労して行った難燃処理もやはり効果は持続しなかった。一週間は良くても一ヶ月ではだめなのである。それが分かってもE社にこれを報告することはできない。他に方法がないからである。しかしこれはついにE社にもバレてしまう。そして材料そのものの転換を求められたのである。「やはり紙では無理でしょう、塩ビで作って下さい」。営業部長は私をE社に連れて行った。「塩ビで作れ」という先方の要望に、その客の前で私に「イエス」と言わせるためである。ただそれだけのために私を札幌から東京へ飛行機で出張させたのだ。今は普通のことであるが、当時は汽車賃よりはるかに高く社長でさえも緊急時以外は汽車を使用した時代である。塩ビのハニカムなど全く経験のないことであり、おそらく世界でも初めてのものであろう。成功するかしないかは未知数であり、だからそれを始めることは会社の最重要事項である。それを一兵卒の私が、当社最大のユーザーの前で約束させられた。「どうしてこうなるの」と言いたいところだが、技術開発に関する限り、私の一存というか私にまかせるしかなかったということである。
R氏は早くから退職し、技術者の取締役部長も退社していた。だから技術者は私一人しかいない。故に技術的なことは何でも私に降りかかってきた。工業化学科卒ということはおかまいなし、機械、電気、なんでもござれである。そういう問題は専門外だなどといっても始まらない。そもそも技術に専門分野があるという認識さえ社内にはないから、オールマイティの技術者にされてしまうのであり、私の技術的判断が会社の判断となる。やりがいがあるという反面これほど責任の重いこともない。ましてハニカムのメーカーは日本に2社しかないのである。だから塩ビハニカムの開発も私の意志如何ということなのである。相変わらず本来の用途は低迷を続けている。当社の代理店は資金繰りについては多少の存在意義はあったけれど販売増に関しては何の役にもたたなかった。今はただクーリングタワーの用途にしがみつくしかないのである。
早速塩ビでの検討を始めた。といっても設備があるはずもないから、とりあえず今あるダグラス式の成型機で試作をしてみるしかない。これは則ち工場の生産を止めるということであるがやむを得ないことである。塩ビのフィルムを紙と同じ方式で成形するのであるが、これは全く無駄であった。塩ビフィルムは紙のような腰がない、また静電気の発生が大きく、まったく折畳ができない。半分手作りでわずかながら積層したフィルムを高周波装置(図8.7)で加熱してみた。高周波装置は均一な加熱ができるということである。しかし塩ビの場合は上部は加熱し過ぎて、ダンゴのように融着しており、下部は全く加熱されず接着もしていない。これは使い物にならなかった。ダグラス式の高周波装置は紙にしか使えない。塩ビフィルムに適用する接着剤は当然塩ビ系接着剤であり、これは溶剤タイプの強力なものでフィルムを溶かしてしまう。このタイプはフィルムに塗布してすぐ圧着すれば常温で接着する。しかしそれでは接着剤が広がってハニカムにならない。それ以外の弊害として溶剤がフ
ィルムに残って、それを弱めてしまうのである。これは紙の場合と全く違う。フィルムの場合接着剤は乾燥しなければならない。そして乾燥すると片面塗布では全く接着せず、両面に塗布されていることが必須である。つまり図8.11(1)のダグラス式で折畳したのと同じにしなければならない。乾燥すれば当然加熱加圧が必要であり、そのためには熱伝導を利用するホットプレスしかないのである。
しかし両面塗布であるためには、そのための装置が二つ必要であるが、現状は一つしかない。塗布装置一台で試作するには図8.19のように現在の装置に巻取りドラムを取付け、原料ロール一個で巻取る。ドラムから取り外すとき接着はしていないから、バラバラにならないようにフィルム側面を仮止めする。高さを500
mm に決めると角ドラムの1辺もそれに合わせればよい。このままでは当然ハニカムにならないから、これをはがして1枚ごとひっくり返して接着剤線の位置関係を図8.18
@ のようにする。この場合成型機は単なる接着剤の塗布装置でしかない。フィルム厚さは0.07 mm、これを400枚積層する。これを実行することにした。この手作業による積層は難物である。引きはがすときには必ず静電気が生じバリバリと音を立てる。積層するときに位置がずれるので引きはがしてやり直そうとするとさらに静電気が発生して、なおさら積層作業は困難になる。一人では時間がかかりすぎる。それで女子高生のアルバ
イトを10人雇い、積層作業を手伝ってもらう。しかしアルバイトだって同じで悪戦苦闘する。ときたまたま総務部長がその状況を見て言ったものである。「君、こういうことはいつまで続くのかね」。(永遠に続く)とは答えなかったが、今会社が生きるか死ぬかの瀬戸際にあるという認識は全くないようであった。アルバイトが積層したものの多くは使い物にならなかったが、一人だけ驚くほど正確にしかも能率良く積層した学生がいた。精巧な機械でも使用したように見事な積層である。利発でかわいい顔をした学生が「この開発は成功するよ」と暗示しているようであった。初めての作業なのにどうしてこうも違うのか。これで同じバイト料では不公平だ、彼女だけは2倍にしてあげよう。でも一人分の積層ではとても間に合わない。アルバイトの作業はしばらくして中止し、他の方法を考え続けた。突飛な発想ではあるが、乾燥しても片面接着ができれば、手作業は回避できる。その方法を考えよう。
加熱したときに接着力が発揮できる何かを接着剤に含めることはできないか。ということで溶剤ハンドブックをめくってそれを探しあてた。トリクロルベンゼンである。この分子を酸素でつなげばダイオキシンになるような物質である。常温では全く蒸発せず、接着剤との相性もいい。この溶剤に塩ビフィルムをどぶ付けしておいても常温では全く犯されないし、接着剤を乾燥してもこの溶剤だけは残る。加熱によってのみ接着剤を活性化させフィルムを犯すから、これはいけるかもしれない。実験の結果は予想通り、15%程度を接着剤に添加するだけで絶大な効果がある。早速実物試験に移る。そして図8.20のように既存の成型機に原料架台とドラムを追加してハニカムの試作が完了し、E社にはクーリンタワーの実用テストを実施してもらう。製品の寸法は紙ハニカムの場合と同じであるが、ブロックを断裁機で切断したままでは現場での展張が非常に難しい。従って一旦図8.17のように展張する。その方法は図8.16の形に切断したブロックの両端に図8.17-1のように手かぎを引っかけ二人で引張り、そのまま70℃の温水に浸せきしすぐ引き上げると自然冷却して展張状態で固定する。このままでは輸送費が大きくなるので再度折畳して段ボール箱に収納梱包する。再び折畳状態にされるが、一旦展張されたものは折畳されても展張がしやすくなる。開梱したときに独りでに伸びてくれればと期待したがそうはならなかった。折畳状態が長く続くと折り癖がついてしまい解放してもそのままである。それなら展張せず、最初からブロックの折畳状態でよいかというとそうではなく、いったん展張したものは折畳のクセがつくけれど、展張しやすい。塩ビにはそういう性質があることをユーザーも納得してもらったが、この性質が後に問題を残すことになる。
試作を終えて、ユーザーに提供し実用テストをしてもらうと同時に、当社では塩ビハニカム専用の生産機の製作を進めていた。しかしテストの結果、重大な欠点が明らかになる。
「こんな状態になったんだよ」と社長がいった。実用試験結果のサンプルを先方から持ち帰った時のことである。それを見て愕然とした。塩ビハニカムは無残に破壊している。包丁で垂直に何回も切り裂いたように短冊状になったフィルムは折れ曲がりささくれだっているのだった。
これでは使いものにならない、瞬間「会社はこれで終わりかもしれない」と頭をよぎる。
しかしこの非常事態に際しても社長は平然としており、私がすぐにでも解決策を出すだろうと思っているようだった。材質が紙の場合にこんな風になることは決してない。やはり0.07mmという厚さでは薄すぎるのか。かといって厚くすれば、コストに跳ね返る。こういう状態になる原因を色々と想定してみた。
クーリングタワーにおける散水装置(図8.15)は散水孔がついた4本のパイプが十字に組まれており、そこから出る水の反動でパイプが回転して均一に散布するようになっている。通常の運転状態では、ハニカムを破壊するような水圧ではなく、極めて穏やかでジョウロでゆるやかに水をまくようなものである。水圧が何かの原因で強くなることはあるだろうか。たとえそういうことがあれば以前の紙の場合も起こり得るが、そんな事故は皆無であった。とすればやはりハニカム自体に原因するとしかいえないではないか。
それで対策を種々考えてみた。破壊するのは充填材の上面だけ、ならばそこだけ丈夫なハニカムにする? 例えばフィルムを厚くする。倍の厚さ0.14 mm
にすれば、理論的には強度は厚さの3乗に比例するから、単純に計算すれば8倍になる。しかしそれでは現場で展張するには、かたすぎて作業ができなくなる可能性がある。展張をし易くするにはセルサイズを大きくする、つまり20
mmとする。ハニカムの高さも160 mm でなくその半分にする。構想はまとまった。しかし厳密なテストなどやっている暇はない。
0.14 mmのフィルムを入手し、わずかな手作りのハニカムで感触をつかんだだけで準備を進めた。当社には客先から効率的な充填材を開発するという目的で実験用の小型クーリングタワーをもらい受けていた。それにより実験し耐久性試験を行って良好な結果を得た。
E社の了承もとり当社にとっての独自技術による塩ビハニカムの生産設備は本格的な設置に向けて動き出した。新しい生産機械の設置も完了し、トリクロルベンゼンも不要となる接着剤の改良も行った。巻取ると同時に仮接着させ、取り外したブロックは軽くホットプレスで圧着するだけという簡単な方法になった。
巻取り方式の威力をいかんなく発揮した方法である。
そしてE社への納入が始まってすぐのこと、今度は充填作業に問題が発生した。これも紙製の場合にはなかった事態である。充填作業はクーリングタワーの中央に垂直に立ち上がっている送水管を中心にハニカムを巻付けると図8.21のようになる。しかし折畳状態の塩ビハニカムを展張しながら巻き付けると、充填が進むに従い同図の矢印のように中心に向かって押しつぶされ、ハニカムが変形してしまうというのである。展張して安定した状態で充填すればつぶれることはない。しかし段ボール箱の中で折畳状態にあったものを展張してもゴムのようにすぐ元に戻る。その力が円の中心に向かうためである。即急に検討し、その対策をもってE社に来て欲しいというのである。もっとも確実な対策は展張状態で輸送することであるが、それは空気を運ぶようなもので両社共にメリットはない。他の対策が浮かばないでいると、E社からの提案があった。
何のことはない、それは当社のライバルからのヒントを得ていたのである。そのライバルとは先に当社を辞職したR氏によるK社であった。当社が塩ビハニカムの開発を要求されていることを聞いたR氏は、それは不可能と考えたようである。塩ビでハニカムなんか作れる筈がない、それなら自分の所でロールコア(図8.1)の製法を応用したほうが材料の転換は容易である。それは十分ハニカムの代わりになる筈だと思考したのである。当社の塩ビハニカムの開発と同じ時期にK社も開発を始め、図8.22のような充填材を塩ビで製作しE社に持ち込んだのである。この構造は折畳は不可能であり、この形のまま輸送することになる。そして円形も可能であるから小型のクーリングタワーにも問題なく対応できる。当然ハニカムのようにつぶれる問題はない。輸送費はかさむがK社は埼玉に工場があり、当社のように札幌から輸送するのとは雲泥の差がある。
これをヒントにハニカムの場合も「直径 800 mm 前後の固定した充填材を作れ」というわけである。もちろん高さはハニカムに合わせた 160
mm である。それをクーリングタワーの中心において、それにハニカムを展張しながら巻きつけていけばつぶれない。直径が小さいとつぶれるが、直径が大きくなるとそれが防げるということである。その構造は
図8.23 のようであり、内管は 0.5 mm の板を径 100 mm 前後に加工、外殻も塩ビ板でつぶれない程度の厚さにし、内枠、外枠ともにハニカムが脱落しないように接着その他で固定しなければならない。内枠は問題ないとして、外殻には
5 mm の厚さが必要であった。しかし 5 mm の塩ビ板は重くて扱いずらいし、価格もバカにならない。なにより薄いフィルムから作られているハニカムとの釣り合いが悪い。もっといい方法はないか。軽くて安くて剛性のあるもの、それは波板の形状にするしかない。その場合波板自体の厚さをいくらにするかである。何種類もの板厚をすぐには入手できないから、手元にある薄いフィルムを何枚も接着して厚い板をつくり手作りで波板を試作した。そして
5 mm の板に匹敵する剛性を得るには、波の高さを 10 mm、 板厚 0.5 mm でよいことが分かった(図8.24)。
この結果をもってE社に赴き、これを進めることになったが、問題はその開発期間であった。E社はすぐにでも欲しいという。あまり遅れてはK社(ライバル)からの購買量が多くなる。何の目途もなかったが一週間でサンプル出荷を約束した。東京から札幌への帰途、その対策ばかりを考えていた。汽車での出張だから十分な時間があった。寝台でも連絡船でも手帳に図面やメモを書いたり消したり、それまでの経験を総動員してどうやったら一週間でできるのかを検討した。0.5
mm の板厚で波板を作ることなど波板のメーカーからすれば何の問題もないであろう。しかしこの場合は期間が短いのと生産量が極端に少ない。またそのための多額の設備投資など問題外である。手作り程度の設備でよいのであるが、量は少ないとはいえ継続的な生産が必要である。一応の成案を得て、帰社し出張報告をすると、上司にしかられた。「そんな無茶な約束をして」ということなのだ。無理は承知である、ならば「できるだけ努力します」とでもいえばよかったのか。そんな答えでは、オーダーはK社に大きく傾いてしまうであろう。
どうしてこうも危機意識が足りないのだろう。いやたとえそれがあっても、右往左往するだけならないほうがましかも知れない。しかられようが、どうしようがそんなことにかまってはいられない。
早速準備を始める。汽車の中であれこれ考えているとき、ある特許公報の図面を思い出していた。それは縦方向に波のある段ボールの製法についてのものであった。あれはなぜあんな方法なのだろうと、そしてあの図の通りでなければ理論的に難しいのだと言うことがわかった。あれを採用しよう、それが一番確実で簡単な方法だ。その思いついた波板の製法は次のようなものである。塩ビ板(0.5
mm 、幅200 mm の長尺)を原料とする。加熱用の電熱板(幅 200 mm、長さ 1 m )を製作(手作り)する。このような電熱版は塩ビハニカムの開発当初から手がけてきたから製作はお手のものである。戸車用のレールを8本
(長さ1 m )用意し、図8.25
のように20 mm 間隔に固定する。一方円形のコマを図8.26のような位置関係でフレームに固定し、取手をつける。成形方法は、塩ビシートを熱盤の上を1
m/min 程度の速度でゆっくり引出しながら、レールの上に載せる。そこにコマをセットした図8.26の装置でアイロンを掛けるように押しつけながらレールの溝に沿って移動させる。塩ビシートは中央から簡単に波がつき自然に冷却される。幅200
mmのシートは150 mmに縮小する。図8.26 のようなコマの配置になっているのは、これが横一線に並んでいると波がつかないからである。最初にコマ1で溝をつけ、次に二個のコマ2で最初の溝の両側につける。次に3のコマというように常に溝にはまる量を引き寄せることが可能でなければならない。予定通り一週間で完成したが、一つだけ誤算があった。加熱軟化したシートは連続して引き出されて波がつくと想定したがそれは、抵抗が大きく無理であった。それでコマを浮かし一定量引き出しては、コマを押して転がし、次にコマを浮かしてシートを引き出す。これの繰り返しという間欠的な方法になったが、それでも波は連続して成形したのと同じようにきれいであった。できてしまえば何のことはない方法である。しかしあの縦波をつける段ボールの製法が
まさにこのコマの配置であり、これは大いに役に立ったのである。だが縦波の段ボールなど世の中に存在しない。アイデアはあっても実際に役に立つこととは別問題なのである。この塩ビ製波板の量は多くはない。だがこれがなければ塩ビハニカムのオーダーはない。この手作りの設備はクーリングタワー充填材としての寿命が終わるまで健在であり、有効に働いた。そして塩ビハニカムは順調に販売を伸ばしていった。それはK社も同じである。つまりE社は2社からほぼ同量仕入れていたようであり、クーリングタワーもそれだけ販売量が増加したということである。
徐々に本来の用途の需要も増えてきた頃、E社からのオーダーが徐々に減ってきて、ついにぱったりとなくなった。もちろんK社も同じである。E社があのK社の充填材と同じものを自社生産始めたことによる。
K社の製法は特許でも何でもないからまねされても、文句のつけようがない。商品とは長続きしないものである。これでクーリングタワーの充填材としての用途は皆無になった。
しかしこの巻取り方式(特許)による技術は、これからさき当社のドル箱商品を生み出すことになる。
塩ビハニカムの設備はまさに先に出願した特許と寸分違わぬ製法なのである。ところが特許庁はその出願に対し拒絶査定の通知を送ってきたのである。塩ビハニカムがまさに売上に大きく寄与し始めた頃である。これはヤバイ。当時の特許制度は現在と違う。特許庁が審査し一応合格したものを公開し(日刊工業新聞に掲載された)、確か半年以内に一般からの異議申し立てがないとき初めて特許が確定するというものである。この公開特許に異議を申し立てたのが、先の円形ドラムに巻取る製法特許を有するアルミハニカムのメーカーS社であった。その言い分は「巻取りドラムが円形であっても角形であっても、それは設計変更の範囲であり、自社の特許範囲に属する」というものである。こんな理由を受け入れ特許庁は拒絶査定したのである。
このことはすでに拒絶理由通知書を受けたときの答弁書で解決していることではないか。総務部長はその書類を私に渡したまま何事もなかったような顔をしていた。当時の私は特許の知識など持ち合わせていなかった。相談する人ももちろんいない。困ったな、今まさにその設備を立ち上げようとしているときなのに。
どうしよう、何とかならないかと事務所の書棚に収まっていた六法全書を開き、特許法を調べてみた。
「拒絶査定に不服があるときは審判を請求することができる」とあった。そう大いに不服なのだ。よし、これだ。総務部長に事情を説明し、審判請求の手続きを弁理士を通じて行ってもらった。
サンドイッチ構造の用途は依然として低迷を続けていた。塩ビハニカムが開発されていなければ会社はすでに存在していなかったかも知れない。そんな中、特許庁から審判の結果、特許審決となり、特許許可証が送られてきた。理由は拒絶理由通知書の答弁書により許可したものを、同じ理由で拒絶できないというものである。当たり前である、審判などという手続きなんかしなくたって自明の理である、なんとまわり道したことか。それにしてもS社は惜しいことをしたものである。もう一歩突っ込んで角ドラムに巻くという発想をすれば当社の特許は成立しなかった。しかし人間は本来保守的である。アルミハニカムの製法がアタマにこびりついていたために接着剤は乾燥すべきものという固定観念となり、それが円形ドラムの発想となり、当社に特許を許してしまったということであろう。そしてS社の特許の実用的価値は皆無である。
クーリングタワー用にハニカムが出荷され始めた頃、ダグラス社から視察にきた。そのなかにハニカムの発明者がいた。ダグラス社というべきかアメリカというべきか、そこでの発明者の権威は絶対である。
機械の機構についてプロから見ればもっと理想的な方法であっても発明者の考えが優先されるようである。当社の設備はほぼダグラス社の方式をそのまま踏襲していたが、最終工程の切断装置だけ違っていた。ダグラス社では縦バンドソーを使用していたが、当社は横バンドソーに変更したのである。横の方がどうひいき目に見ても理屈にかなっている。これ以後もハニカム類の切断に縦バンドソーを使うことは皆無であった。縦であろうと横であろうと切るという目的は果たしているのに、それにしつこくイチャモンをつけたのである。理由をつけて納得してもらったのであるが、こういう姿勢が設備全体に何となく不都合が生じているのであろうと思ったものである。当社の設立に当たり北海道庁の職員が米国に視察にいっている。そしてダグラス社と技術提携する理由として化学技術に強い会社であるとしていた。しかし技術提携とは名ばかりである。ただ同社の設備をそっくりまねした生産設備で製品をつくり、その売上金の数%を納めるだけである。そしてたった一回視察にきただけであり、その際もアドバイスはゼロである。ほんの少しサンドイッチパネルの技術資料が提供されただけである。化学技術に強いとは何のことか。どこを視察してきたのか。ペーパーハニカムの生産ではダグラス式はすぐ旧式になり、塩ビハニカムには何の参考にもならなかった。次に述べるアルミハニカムの製法は方式は同じであるが、設備内容はダグラス式とは全く別物である。
ダグラス式はハニカムの1製法の参考になっただけである。