科 学 技 術 史
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科学技術史(X)(1940〜)
- 1940
プルトニウム:(ノーベル賞、マクミラン、シーボーグ、1951)核分裂の発見後も超ウラン元素を発見する研究は続けられていた。低速の中性子がウランに吸収されれば超ウラン元素ができるとして、アメリカのマクミランはついにその元素を突き止める。それは原子番号がウランより一つ上の93であり、これをネプツニウムと名付けた。これも放射性元素であるから崩壊して別の元素になる。予想通りこの元素はβ崩壊して、原子番号94となった。この研究にはシーボーグが携わり、彼はこれにプルトニウムと名付けた。
ストレプトマイシン:(ノーベル賞、1952) ペニシリンやサルファ剤は大部分の感染症に有効だが結核には効かない。結核菌は細胞壁の外側にワックスを含む厚い層があるため薬が聞きにくい。アメリカのワクスマンはカビからではなく放線菌仲間から、結核菌を防ぐ抗生物質ストレプトマイシンを発見した。
- 1941
心臓カテーテル:(ノーベル賞、クールナン、リチャーズ、1956)アメリカの生理学者クールナンとアメリカの医師リチャーズは先にフォルスマン(ノーベル賞、1931)が開発した心臓カテーテル法を実際の医療に導入した。心臓の中までカテーテル(プラスチックの細い管)を入れ、そこに造影剤を注入して観察したり、X線撮影をする検査であり、現在では心臓の治療には欠かせない方法になっている。具体的には、局所麻酔をしたうえでカテーテル(通常は管径 1〜2mm)を足の付け根や首、腕から動脈の血管を通して心臓まで管を入れる。造影剤を注入して病変を見、同時に心臓内腔の造影や心内圧の測定などを調べる検査である。
遺伝子と酵素:(ノーベル賞、テータム、ビードル、1958)アメリカの遺伝学者ビードルとアメリカの生化学者テータムは共同でショウジョウバエで目の色の遺伝の研究行っていた。その対象があまり複雑なので、アカパンカビに切り替えた。それにX線を照射して突然変異体をつくり、それが生きるに必要な栄養素を調べこの結果から、「一遺伝子一酵素説」という仮説を提唱した。
- 1942
核反応炉:この年の12月、シカゴ大学で初めてのウラン原子による連鎖反応の確認実験が行われた。原子力時代の幕開けとなった原子炉である。(第2章 2.5.5 原子の火参照)
- 1943
アクアラング:フランスの海軍大佐であったクストーは潜水器具の開発を試みる。彼は高圧技術者であるガニアンに設計と開発を依頼し、試行錯誤の末、水圧に応じて自動的に空気を供給する開放式スキューバを完成させた。1944年にはガニアンと共に会社を作り、「アクアラング」として販売する。クストーはまた自ら世界の海を探検して回り1956年に映画「沈黙の世界」を発表しカンヌ映画際でグランプリを得た。
- 1944
ペーパークロマトグラフィー:ツベートが開発したクロマトグラフィー(1906)は時間がかかり、 分析液も多くを必要とした。イギリスの生化学者、マーティン○Nとシング○Nはアミノ酸の分析を行
う中で濾紙を使用して簡単な分析方法を開発した。濾紙に微量の試料をつけそれを溶媒で展開する のである。この時、ろ紙に染みこんだ試料は有機溶媒に溶け出し一緒にろ紙の上へと染み上がって
いく。試料成分の物理的化学的差によって移動速度が異なり分離される。これで完全分離がされな いときは濾紙を90°傾けて別の溶媒で展開する。二次元に展開することで分離がより完全になる。
キニーネ合成:(ノーベル賞、1965) パーキンが失敗したこの合成(1856)はまだ20代半ばのアメリカの科学者ウッドワードである。現在でも難しいとされる神業的手法で成し遂げた。有機合成化学時代の幕開けとなる。
多大の業績を残し62才で他界する。
V-2(ミサイル):この時期ドイツではミサイル開発に全力を挙げていた。この開発のリーダーが若いフォン・ブラウンである。『V2ロケット計画』において、5000人以上の技術者を指揮し、ついに当時世界最大の弾道ミサイルA-4を完成する。これは「V-2」と呼ばれ第二次大戦中のロンドン空襲に使用された。大戦終了後、彼は多くの資料、部品とともにアメリカに投降した。そしてアメリカの宇宙飛行センターの初代所長となってサターンロケットを開発、アポロ計画を成功に導いた。ドイツの「V2ロケット計画」はアメリカの「マンハッタン計画」に匹敵する。この二つの計画が合体して後に「核弾頭ミサイル」に発展したと言うこともできる。
- 1945
原子爆弾:ニューメキシコ州アラモゴールドの近くで世界最初のプルトニウム爆弾の実験が行われた。TNT火薬で20,000tに相当するとされている。
ウィルスの突然変異:(ノーベル賞、ルリアとハーシー、1969)アメリカ生物学者ルリアとアメリカの微生物学者ハーシーは独立にバクテリオファージにも突然変異があることを発見する。これはすでにウィルスに対する免疫ができていても突然変異が生じると免疫が効かなくなることを示している。
- 1946
核磁気共鳴:(ノーベル賞、ブロッホ、パーセル、1952)NRM 原子核には小さな磁石としての性質(磁気モーメント)があり、コマのよう に軸を中心に自転(スピン)する。このような原子核を磁場の中に入れると原子核固有の周期で首
振り運動(歳(さい)差運動)を始める。このときに外部から種々の電波を与えると歳差運動と同じ周波数 になったとき核磁気共鳴(NRM、Nuclear
Magnetic Resonance)現象が起きる。共鳴による磁気エ ネルギーの吸収を電気信号に変換して測定用に利用する。アメリカの物理学者、ブロッホとパー
セルは独立にこれらの技術を開発した。この技術は物理、化学、生物、医学などの分野で、精密なデータを取得する重要な手段となっている。医療に利用され始めたときは MR-CT であったが、最終的には、現在のMRI(磁気共鳴画像、Magnetic
Resonance Imaging)という呼称になっている。
- 1947
炭素14年代測定:(ノーベル賞、1960)炭素の同位体元素14は半減期が5700年であり、現在の存在割合(1兆分の1)は一定とされている。この混合物の炭素を生体が取り入れ、死後は当然停止され、炭素14は崩壊して減るだけである。これを古代の遺物を測定して、その減少程度から、年代を測定する。この方法をアメリカのリビーが考案した。微量の濃度を測定できる技術は進歩しているが、基本となる前提に問題ありとして、疑問も提起されている。
ホログラフィー:(ノーベル賞、1971)イギリスの物理学者ガボールが電子顕微鏡の分解能向上の方法として研究した。ホログラフィは同じ光源から発した光を二つに分け一方を物体にあてて反射させ、もう一方を鏡で反射させる。この二つの光線を写真フィルムに重ねて記録すると干渉縞として記録される。これを現像しただけでは何もみえない。しかしそれに光を通過させると三次元の像を再現する。(写真は2次元である。これに対してホログラフィは3次元で象を記録・表示する)。理論は良かったが、レーザーが開発されるまではほとんど問題にされなかった。しかしその開発が進むにつれ脚光をあび、ノーベル賞を得るが、それは20年も経っていた。現在は3次元像のデスプレイ,光学素子,情報処理などに広く応用されている。
超音速飛行機:アメリカのテストパイロットであるイーガーは水平飛行で初めての超音速飛行を行った。
- 1948
トランジスター:真空管の全盛時代に、それにとって代わり得るゲルマニウムからなる鉱石がアメリカの、ショックレー、ブラッタン、バーディーンの三人により発明された。金属であるが半導体であり、整流器や増幅器の機能を持っていた。真空管の様に熱や真空がいらず、立ち上がりも早い、かつ電力消費も少ないという特徴を持っていた。しかしご多分に漏れず直ぐに実用とはならない。当初は補聴器くらいと考えられていたが,ソニーがトランジスターラジオを販売すことで応用が広がり、進歩発展し電子技術に革命をもたらす原点となった。
LPレコード:アメリカの物理学者ゴールドマークによって長時間録音と音質向上の実用化がなされた。 それまでのレコード(SP)は3分(78回転)であったが、LP(Long
Play)は片面25分(33・1/3 回転)であった。レコードの材質を硬いものから柔らかい材質にし音溝を微細にして実現した。CDが出現するまで、LPレコードが続いた。
- (以下 工事中)
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