8.1 蜂の巣を工場で作る 8.2 畑違いの用途 8.3 アルミハニカム 8.4 再び塩ビハニカム
8.5 汚水処理装置 8.6 ロールコア 8.7 再びアルミハニカム 8.8 フィルター
8.9 サンドイッチ構造 8.10 我が立つところ深く掘らば・・・ コーヒータイム(9)上杉鷹山
執筆後記(第八章)
塩ビハニカムの売り上げが皆無になった頃、役員の異動があった。道庁は当社の株式を本州製紙(現王子製紙)に売り渡し、同製紙会社はまた K 社にも資本参加したから、当社も
K 社も親会社は同じになった。当社の従来の役員はすべて交代し、R 氏も当社の社外重役となった。常勤ではないけれどまた私の上司に戻った感じである。そして当社社長も本州製紙の社長が兼任することになったので、社長室は不在、要するに不要になったのである。R
氏は事務所の職員をすべてその狭い社長室に押し込めてしまった。空になった事務所は約20 坪(67 m2) 程度であり、そこに机一つをおいて私に言ったものである。
「さあ、場所を与えたから何かやれ」「・・・・!?」
机の上には電話が一台、他に何もい。鉛筆もノートも棚もなーんにもない。もちろん実験道具などあるはずもない。窮屈な社長室に押し込まれた人達は黙ったまま、不気味なほど静かである。
テーマが提示されたわけでもない。何をやるかは全く私任せである。何をやるのか分からないから予算などあるわけがない。塩ビでハニカムはできないと思っていたR氏、それを私が実現したことに感銘していた。だからこれからも何かやるだろうとの期待からのことである。「何かやれ!
か」
とりあえず居室であった工場の小さな試験室から必要なものを移動し引越しをした。予算はないが、あれが欲しいといえば常識的範囲では手当してくれる。一ヶ月も経たないうちに、部下をつけてくれるという。なんと工場の係長であり、私より年長である(以後T氏とする)。他の作業員があの係長の下で働くなら会社を辞めるというので「おまえの所で使ってくれ」ということである。「ちょっとした機械の図面くらいは書ける」というので、やむなく引き受けた。しかし一体何をさせればいいのだ。遊ばせておくわけにはいかない。会社の将来を考えて、これから起きるであろう様々な開発を考えて、ハニカムとは直接関係なくても、基礎的なことを身につけてもらうことにした。とりあえず研究室と名付けたこの部屋は2名の人員で出発し、私は研究室長となった。それからもここの人員はパートのおばさんやアルバイトの学生などおよそ研究とは縁のない人々の集団となる。
「少しは機械の図面は書ける」という T 氏に多少の期待をしていた。それで営業からアルミハニカムの引き合いが結構あるという話を聞いて、「やってみるか」と思った。材料が「紙」から「塩ビ」へ、そして今度はアルミに挑戦である。ある程度腹案はあったので、それをもとに
T 氏に試作機の図面を書いてもらおう。製造方法はダグラス方式を大幅に改良したものである。アルミハニカムはすでに S 社が 図8.14-1 の方式で製作していた。しかしこの方式をまねするわけにいかないし、大げさな装置になりそうな気がした。ダグラス方式を改良した方が簡単な設備になる筈だ。そしてブロックの大きさは
図8.27 のようにペーパーハニカムよりずっと大きくした。また紙とアルミでは価格が極端に違う。だから生産能力も当面は紙の 1/10 程度でもよい。そしてすでに特許確定した巻取り方式は生産能力は大きいが、どうひいきめに見てもアルミには向かないと思った。
接着剤塗布装置はダグラス式を全面的に変更した。ダグラス式の塗布装置は図 8.28 のようであり、くみ上げロールは接着剤タンクに下1/3 程が接着剤中にある。そのくみ上げロールが塗布ロールと同じ構造となっており、その突起一個一個のくみ上げ量をコの字型のドクターで独立にネジで調節をするようになっている。
材料幅が広くなり、セルが小さくなると突起数が増えて片面が50個以上の調節カ所になる。なぜこんな構造にしたのかどう考えても理解できない。これを改良してくみ上げロールとドクターロールのセットにしたのが図
8.29 である。くみ上げロールの突起をなくし、平滑にしたのである。ドクターの調節は両端の二カ所で済む。さらにアルミの場合接着剤の塗布は紙や塩ビの場合と異なり、きびしい精度を必要とする。機械的精度だけでなく、図
8.29 に置いて各ローラーの間隔@ABが適切でないと、アルミ箔の速度とも関係して、塗布ロールに接着剤が貯まってきてアルミ箔の接着剤線が太くなってくる。結果的にセルが変形したハニカムになる。こういうことは理論とか理屈などではなく、実際の運転で経験しなければ決して設定できないことがらである。
これでよいと選定した接着剤がアルミ箔に塗布乾燥後、糸のように剥がれてきたのにびっくりしたことがある。硬化後の接着力だけでなく、乾燥後でも粘着性が必要である。接着剤には種類がやたら多い。しかも使用量は極少量、こういうものが欲しいとメーカーに依頼しても、取り合ってくれない。故に入手可能な接着剤を自社で調整や配合を行わなければ目的にかなうものは得られない。それに限界はあるけれど可能な限り考える必要がある。試行錯誤でカクテルを作るようなものである。
ダグラス式のこの部分も不都合が大きいことは前述した。改良した構造は 図8.30 のように簡単なものである。ナイフロールは 1 回転で一回の切断、刃受けはナイロンロールで自由回転の無駆動、ナイフロールだけ駆動する。ダグラス式のように金属で受けるのでないから刃は長持ちする。また速度が遅いから、ダグラス式のように折畳用の回転羽根は不要であり、図8.30
のように何の装置も必要とせず、上から降りてくれば自動的に折畳される。
接着用プレスは部品の一部は設計して外注し、油圧その他の部品を購入しての自社製作である。伝熱板も自社製作した。またアルミブロックの厚さ切断装置は横フライス盤を購入しハニカム用に改良することにした。
アルミハニカムはサンドイッチパネルの中芯材としての用途が殆どである。サンドイッチパネルを製作する場合、表面材に接着剤を塗布して加熱プレスするが、それから発生するガスを逃すためにハニカムに通気孔が必要とされた。現在は接着剤が改良されて、その必要はあまりなくなったが当時は必須とされた。この通気孔はアルミ箔の段階で針で穴をあける物理的な方法による。はなはだ原始的であるが、他に手段はない。連続して行うには、図8.31のような針ロールとゴムロールの間を通過させるのであるが、針ロールをどうやって製作するかである。針ロールの径が160
mmφ、長さ650 mm である場合、針のピッチ4 mm にすると必要な針の本数は2万本となる。しかも針の先端はほぼ真円でなければならない。これを外注すべく機械メーカーに当たってみたが何処も引き受ける所はなかった。ようやく見つけたところも、図8.32
のように砲金の棒に穴をあけそこに針を入れ、かしめて固定する。それをロールの溝にはめ込んでいく案が提示された。しかしこれはピッチが大きく、針の先端も真円にはならず、いずれ針が脱落する可能性もある。それで百万円以上というのでは断るしかない。
やむを得ず自分で作る工夫をした。最初に思いつくのは、鉄ロールにプラスチックの厚い被服をしそれに穴をあけて針を埋め込むというものである。鉄よりも穴は明けやすい筈であるが、実験してみてあきらめた。細い穴を深く明けるというのはどんな材料でも大変な作業である。最終的には次の方法で行い予想通りの結果を得た。まず図8.33のように厚さ4mmのべークライト板にピッチ4mmの溝を付けたドーナツ板を一枚だけ外注する。これを元にしてシリコーン樹脂でメス型をつくる。このメス型からエポキシ樹脂で、最初のベークライト板の原型と同じもの162枚作る。次に図8.34
のように2本のローラーをセットする。そして針ロール本体に複製したエポキシ樹脂の円盤を差し込み両端を固定リングで固定する。そうすると円盤の溝が孔となる。そこにエポキシ樹脂を入れ長さ30mmの縫い針を差し込む。正規の深さより数ミリ飛び出した状態で、この2本の組ローラーを回転させると、対面にセットしたローラーで針先が押し込まれ針先は真円に位置することになる。エポキシ樹脂の粘度や硬化時間は必要な程度に調整する。型取りから針の挿入固定まで、作業の準備さえ整えば、あとは女性のパートでも可能な仕事である。実際それら全行程は3週間程度で完了した。材料費は針も含めて総額
8万円である(当時)。これで希望どおりの針ロールができた。
針ロールが完成しいざ実験という段階で思いもしなトラブルが発生した。針ロールとゴムロールの間に薄いアルミ箔を通すのだから当然すんなりと通るはずであった。しかしバリバリとすごい音がし、イバリをつぶす次のローラを通ると大きなしわが生じ無惨な姿になった。原因はすぐにわかった。こんな薄い箔であっても、針には潤滑油が必要なのである。昔、縫い物をするオフクロがときどき針を頭にこすっていた理由と同じである。発泡体のローラーを作り潤滑剤を染みこませ針ロールとペアでセットした。針は回転する間、常に潤滑剤を供給されることになる。この状態でアルミ箔を針ロールに通過させると、小雨が降るようなサーッ
という小気味いい音がする。針が突き刺さるとアルミ箔にはイバリができる。それをローラーを通しつぶして平滑にする。穴を開けたアルミ箔を太陽にかざすと、大げさにいえば満天の星を見るような光が見える。すばらしいできばえだ。
アルミ箔の通過した切断ロールや針ロールの下の床面はしばらくすると、うっすらと白くなる。それは箔の切断や穴あけの結果生じたアルミの粉末が蓄積したものであった。
この針ロールの製作やその操作法は、アルミハニカム成形のほんの一部の工夫でしかない。製造機械を設置するとき完璧な設計だから、間違いなく順調に運転できる筈だと思っても決してそうはならない。たとえ十分に経験を積んだ実績のある機械でさえも、新規に設置した当初はすんなり運転できるとは限らない。そこには現場での小さな工夫の積み重ねが数多く存在するのである。
当初はアルミ箔であれば何でも同じだと思っていた。輸入したアルミハニカムは水によく濡れる。ところが仕入れたアルミ箔に水をかけると玉になって転げ落ちる。アルミ箔には圧延時の油分が付着しており、それを除去するよう指示して発注しないと無処理のものが送られてくる。ただ除去だけでなく完全に水に濡れるにはもっと高級な処理が必要である。ジュラルミンがアルミの合金であることは知っていたが、これ以外に合金の種類はやたらに多い。 一円玉は純アルミだそうであるが、これを耐食アルミともいう。がこれは強度が弱く、ハニカム用には別の合金5052でなければならない。アルミの知識がなければ原料の発注さえできないのであった。
アルミハニカムに手を染めるということ自体は、本来なら会社としての最重要事項なのである。それが私の単なる思いつきで進むことが、この会社の体質であり、すでに何回も述べてきたことである。
計画書を出すわけでもない、営業が漏らした単なる客の話をネタにしただけ、マーケットリサーチなどという高尚な手順を経たわけでもない。ペーパーハニカムの延長線上にあるというだけのことである。
「何かやれと」いった R 氏だから「何をやっても文句はないはず」である。しかし「めくら蛇に怖じず」という諺があるけれど、それはまさに今回の私にぴったりであった。
その難しさを知っていたら最初から諦めていたであろう。機械に少しは明るいはずのT氏の実力にもがっかりした。図面が書けると言うことと設計ができると言うことは全く別物である。試作機の製作を引き受けた鉄工場も同類である。全体の構成はともかく基礎的で部分的な動作に支障をきたすのは頂けない。
これをきっかけに私は機械設計の勉強を始めた。頼る人がいないから自分でやるしかない。
アルミハニカムの開発という名目で作業人員は増えていく。最初のうちは基礎的な試験が多いからそれほど費用はかさまない。開発が進むに従い使用量は増え原料のアルミ箔は金食い虫になる。紙なら多少無駄にしても費用は知れている。しかしアルミは違う。試作によるロスはお金を投げているに等しい。ついに工場からは「開発の連中が無駄遣いするために俺たちのボーナスがなくなった」と非難されたりした。製品として多少売れる程度にはなり、販売が始まったけれど我が国でアルミハニカムが主要な製品になるはずもない。それでも売らないよりは売った方がよい程度の状態の中で続けた改良により、自分でまあまあ満足できるハニカムになるまで 10 年かかった。それでも数ある材料のなかでアルミハニカムは最も製造が難しいと今でも思っている。