付録 目次 1.元号と西暦対照表と出来事(年齢算出表) 2. 日本の自然と都市ランキング
3.日本地図 4. 世界の経済、人口等のランキングと世界地図 5. 科学技術史 6. 天皇歴代年表
7. 執筆後記(全章)
人間は科学的な知識がなくても経験だけでも、ものを作ることが出来る。古代に作られた壮大な建築物や土木工事は現代でも困難を感じる物がある。だがそこには当然限界があり、人間の体力を使う人海戦術が中心となる。そして中世においては科学技術の発達の速度というのは、現代に比べるとあきれるほど遅い。これは当然のことであり、科学技術は周辺の技術も同時進行でなければ、使い物にならないからである。さらには宗教との関係もあり、絶対の権威をもっている教会の教理に反する理論などは排除されるからである。また教会の教理に迎合するような論理が支持されると尚更である。アリストテレスの「4元素説」が2000年という長きにわたって(前4世紀〜18世紀)支配したのは驚異的である。また医学の面ではガレノスの誤りの多い「医学辞典」(紀元2世紀)が約1000年間信奉された。
歴史上、科学者が多くの発明発見をなした場合、偶然という場合が極めて多い。アメリカのベークランドはフェノールとホルマリンと反応させる実験を行っていた。実験終了後にはいつも器具にこびりつくものを掃除していた。これはやっかいもの以外の何もでもなかったがこれが目的とするフェノール樹脂であった。ゴムの加硫法を発見したグッドイヤーも偶然熱い硫黄がこぼれたためとか、ペニシリンを発見したフレミングも偶然の結果である。しかしニュートンの「リンゴが木から落ちるのをみて万有引力を発見」というのは嘘であろう。ものが落下することはニュートンでなくてもすべての人が経験していることである。万有引力のことを真剣に考えていたからこそ、リンゴの落下がきっかけになったということであろう。さらにそれまでの先人の残した多くの知識を知っているからこそ可能になる。ニュートン自身がいうように「巨人の肩に乗る」つまり先達の残した業績をベースにしなければ何もできないということである。前述した遅い進歩も偉人達の業績の積み重ねが進歩を加速する。
古代はというよりわずか 360 年くらい前には科学全般に通じているという人がいたらしい。しかし技術が細分化された現在はどんな科学者も自分の専門以外は素人同然になる。一般人が科学者をその専門においてのみプロだとはあまり考えないかもしれない。天文学者が専門外の医学についての意見をいえばそれは素人同然のはずが、医学についてもプロだと勘違いしてしまう。専門外のことについて間違った科学的見解を確信ありげに言われると、一般人は信じるしかないであろう。あの人は専門外のことを言っているからと割引して聞くことはない。ノーベル賞を貰ったからと言ってすべての専門家ではない。細分化されると同時に、科学技術の知識は膨大になり、一般人はますます科学から遠ざかることになる。技術ばかりでなく複雑化する社会構造において日常生活そのものが、知識を必要とし年齢増とともに化石人間にならざるを得なくなる。
宇宙や量子論などの科学技術はますます進歩してゆく。しかし原子を破壊する実験や遠い宇宙の研究など直接人類に役立つであろうか。ニュートリノによってノーベル賞をもらっても、その研究は役に立たないと本人が述べている。何十億光年先の宇宙など人類にとってどうでもよい。1980 年代に計画されたアメリカのSSC(超伝導超大型加速器)の建設計画はその膨大な費用のため、日本にまで費用負担を求めたが、失敗し、計画そのものが 1993 年に中止された。その時点ですでに 20 億ドルが使用されている。他国のことだが、これらは税金であろう。我が国においても政府関係が行う巨大技術は税金の無駄使いにならないだろうか。もっと他に実用的なもの、ナノテク、食品や衛生、輸送、災害対策などに絞り込むことであろう。原子を破壊する技術は「両刃の剣」であり、メリットがあればデメリットもある。原子力発電における核廃棄物にも問題を抱えている現状である。原子を壊さないで電子を利用する道はまだまだ多い。
