ものづくり技術手帳

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第七章 コーヒータイム

第七章 目次  7.1 特許   7.2 財務諸表   7.3 直接原価計算   7.4 製図の基礎  7.5 接着の基礎 
 7.6 物理定数   コーヒータイム(8) 杉原千畝    執筆後記(第七章) 

杉原千畝(ちうね)

日本人でありながら最初に外国で有名になり、それが日本にも波及する。そういうパターンがよくあるが、杉原千畝も例外ではない。第二次大戦が勃発した翌年の1940年7月18日、多くのユダヤ人がオランダの植民地アンティル行きのビザをもってリトアニアの日本領事館(カウナス市)に押しよせた。彼らはナチスの迫害から逃れるためポーランドを脱出し、ソ連から日本を通り目的地に行くため、日本の通過ビザを貰うためである。当時 ソ連がリトアニアを併合し、各国の在リトアニア領事館の閉鎖を求めたため、唯一業務を続けていた日本領事館にきた。
この当時ユダヤの難民を受け入れる国は皆無である。しかしユダヤ人に同情的なオランダの領事は、はるかに遠いアンティルなら税関もなく入国可能だとしてそこのキュラソー島を指定して入国ビザを出した。しかし通過ビザでも交通費や滞在費等がなければ、許可してはまかり成らぬというのが外務省の頑固な姿勢である。身一つで逃れてきた避難民にその条件を満たす者は殆どいない。そして自国からもソ連からも当然領事館の閉鎖を催促される。さんざん悩んだあげく、領事代理であった杉原千畝は 人道的見地から、職を賭してビザの発給を決意する。彼には妻子があり、命令違反はただではすまない、命に関わることでもある。クリスチャンである彼の心強い妻の同意も得た上での決断であり、すぐさま流暢なロシア語を駆使してソ連にも通過の許可を取り付ける。7月25日から閉鎖までの約一ヶ月間、まさに「刀折れ矢尽きるまで」というにふさわしく、ビザの発給を続け記録にあるだけで2139枚に及ぶ。家族を含めると総計6000人の国外脱出を助けたとされる。領事館閉鎖のため一時ホテルに宿泊しているときも、ベルリン行きの汽車が発車して渡せなくなる最後の最後までビザを発給した。このときのものは当然正式とは言えないあやしいビザであるが、それが無効にされることもなく、中にはもっていない人も紛れて無事脱出を果たした。シベリア鉄道からウラジオストク経由で日本の敦賀(つるが)港へ上陸し、そこではまた鷹揚(おうよう)に迎えられた。そして神戸のユダヤ系ロシア人のコミュニティでしばし安住の時を得る。キュラソー島は岩だらけの小さな島であり、そんな所へ行ってもどうしようもない。最初からそのつもりはなく、日本に来てしまえばなんとかなる、ということかも知れない。行き先は単なる口実であり通過ビザだから、滞在日数は少なく再々延長して一年近くの間、一部はアメリカやパレスチナへ行った。しかし日本も戦争に参加するに及んでアメリカやその他への移動が難しくなる。さらに同盟を結んだドイツとのからみもあり、残ったユダヤ人達はビザの不要な上海に送られ、そこで終戦まで過ごすことになる。
カウナスを離れた杉原千畝氏はその後、プラハ、ドイツの各領事をへて1945年(S20/8月)にソ連に抑留され、一年後に帰国する。その翌年外務省を退官させられ、以後民間で活躍することになる。ビザ発給から実に45年後の1986年、イスラエルより栄誉ある「正義の人」賞を受賞した。
   1969年 9月 イスラエル政府(1948年建国)の宗教大臣より勲章を受ける。
   1985年 1月イスラエル政府より「諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)」を受賞。
   同年11月 エルサレムの丘で記念植樹祭と顕彰碑の除幕式。
   1986 (昭和61) 7・31鎌倉市にて永眠。(享年86歳)
   2000 7・30生誕地の岐阜県加茂郡八百津町に「杉原千畝記念館」オープン。
   2000年10/10 日本外務省の外交資料館に、杉原千畝顕彰碑が作られる。
   2007年10/10 ポーランドの大統領より勲章を授与。

執筆後記(第七章)

自己啓発

「ものづくり」には技術以外にも多くの知識を必要とする。何時までも新入社員でいるわけではなく、遅かれ早かれ人を使う立場になる。たとえ社員一人しかいなくても年取るごとに成長しなければならない。位が上に行くにつれ、技術以外の知識が否応なく要求される。それらを知らないと部下に軽く見られて、さらには組織や会社を危うくすることになりかねない。なんでもかんでもという訳にはいかないがこの章ではそれらを考慮して項目を選定した。多分誰も教えてくれないこ事柄だから自己啓発でやるしかない。
(1) 特許の知識
「特許をとってお金儲けをしよう」などという本があるけれどそんななまやさしいものではない。
特許を取ればいいというものではなく、企業秘密が得策という場合もある。特許出願する前に一度立ち止まって出願の是非を真剣に考えることである。
(2) 財務諸表
決算期になると日経新聞には多くの会社の財務諸表を見ることが出来る。「そんなもの知らなくてもいい」と思う向きはパス、しかし新聞に載らなくても自分の会社の成績を知るには恰好の資料である。
(3) 原価計算
営業課長が私の所にB4用紙10枚ほどに数字をびっしり書き入れた数俵を持ってきて説明し始めた。原価をこれだけ下げて売価をこれに設定してこれだけ売れば利益はこれだけになる。というようなことをいろんなケースを想定して表にしたものであり数日かけたと思われる力作?である。熱心ではあるが、しかしちょっとした数学というか原価計算を知らないと無駄な努力をすることになる。このようなことはP303の図7.4 一枚で済むことであり、一時間もかからないで出来るであろう。
詳細は本文に譲るが、金利の計算なら個別の数字が必要となるが、原価計算では概略でよく、最終の数字が決まればそれでよい。この章の直接原価計算は特別難しいことはない。単なる一次方程式の応用である。
(4) 製図の基礎
これも少しの知識があると無いのとでは仕事に大きな差となって表れる。JISには詳細に描き方が 決められており、まさに手取足取りであり、ここまでやるかという感じである。製図はしなくても、図面を読むだけでいい場合もあり概略は知っておくべきである。製図は描くだけでなく設計も重要であり、筆者の経験からすれば、設計者が製図をするべきだと思う。単に製図をするだけならスケッチかトレーサーでしかない。
(5) 接着の基礎
ホームセンターには様々な接着剤が販売されているが、しかし接着剤はこれだけではない。市販されていない接着剤も多くあり、また接着工程を必要とする製品は非常に多い。大量に使用するならある程度化学の知識を必要とされる。
(6) 物理定数
この章に置くには場違いな感じであるが、他のどの章においてもしっくりしない。さりとて独立させるには小さすぎるので、なんでもありのこの章とした。あまり使用することは無いかも知れないが、巻末に数字だけ羅列されているよりはよいであろう。

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